# Fusion 360でヘルツ接触応力解析に挑戦した結果 ── 理論値との比較と限界 Fusion 360のシミュレーション機能でヘルツ接触応力の解析に挑戦しました。理論値との比較を通じて、Fusion 360の接触解析における能力と限界が見えてきたので、その過程と結果をまとめます。 ## ヘルツ接触応力とは ヘルツ接触応力は、2つの弾性体が接触する際に生じる応力を理論的に求めるもので、1882年にハインリヒ・ヘルツによって提唱されました。ベアリング、歯車、レールと車輪など、機械要素の設計で広く使われる基本的な理論です。 今回は最もシンプルな「球と平板の接触」を題材にしました。 ## 解析条件 解析モデルの条件は以下のとおりです。 - 形状:半径10mmの球 + 平板 - 材料:鋼(ヤング率 E = 210 GPa、ポアソン比 ν = 0.3) - 降伏強度:207 MPa - 荷重:F = 1 N(球の上面に合計荷重として付与) - 接触タイプ:スライド(摩擦なし) - ソルバー:Fusion 360 静的応力解析 ## ヘルツ接触の理論公式 球(半径R)と平板(半径∞)が荷重Fで押し付けられたとき、主要なパラメータは以下の公式で計算できます。 ### 等価弾性率 E* 同一材料の場合: E* = E / [2(1 − ν²)] 今回の条件では E* = 210 / [2 × (1 − 0.3²)] = **115.4 GPa** となります。 ### 等価半径 R* 球と平面の場合、R₂ = ∞ なので R* = R₁ = **10 mm** です。 ### 接触半径 a a = (3FR* / 4E*)^(1/3) F = 1N の場合、a = **0.040 mm(40 μm)** となります。接触する領域の直径はわずか0.08mmしかありません。 ### 最大接触圧力 p₀ p₀ = 3F / (2πa²) 計算すると p₀ = **295.3 MPa** です。 ### 接近量(押し込み深さ)δ δ = a² / R* これは荷重によって球の中心が平板にどれだけ近づいたか(弾性変形による近づき量)を表します。δ = **0.75 μm** です。 ### 最大 von Mises 応力 接触中心の直下では、軸対称の応力場が形成されます。深さ方向(z軸)上の応力成分は以下の式で表されます。 - σ_z = −p₀ × a² / (a² + z²) - σ_r = σ_θ = −p₀ × [(1+2ν)/2 × (1 − (z/a)×arctan(a/z)) − a²/(2(a²+z²))] 軸上ではσ_r = σ_θ なので、von Mises 応力は |σ_r − σ_z| に帰着します。 数値計算の結果、最大von Mises応力は **0.883 × p₀** で、深さ **z = 0.30a** の位置(接触面から約12μm下)で発生します。F = 1N の場合、σ_vm = **260.8 MPa** です。 ちなみにネットでよく見かける「σ_vm ≈ 0.58 × p₀」は最大せん断応力からの概算であり、正確な値ではありません。 ## Fusion 360 での解析セットアップ ### 境界条件で苦労したこと Fusion 360でヘルツ接触解析のセットアップをする際、いくつかの問題に遭遇しました。 **荷重と拘束の競合:** 球の上面に荷重(力)と固定拘束を同時に設定すると、「拘束された方向への構造荷重は無視されます」という警告が出ます。同じ面に力と固定拘束を共存させるのではなく、固定はUx・Uyのみにロックし、押し込み方向(Uz)はアンロックにする必要があります。 **未拘束ボディの警告:** 「完全に拘束されていないグループが含まれています」という警告も出ますが、これはスライド接触が成立するまでZ方向に拘束がないという意味で、解析を実行すれば接触が拘束として機能するため、無視して問題ありません。 **接触面の正しい選択:** 手動接触の設定では、球の外側の曲面と平板の上面を選択し、接触タイプを「スライド」にする必要があります。 ### 最終的な設定 最終的に以下の設定で解析を実行しました。 - 平板底面 → 固定拘束(全方向) - 球全体 → 固定拘束(Ux, Uyのみロック、Uzアンロック) - 球上面 → 力 1N 下向き - 手動接触 → スライド(球外側曲面 ↔ 平板上面) ## FEM結果と理論値の比較 | 項目 | 理論値 | FEM値 | 誤差 | |------|--------|-------|------| | 最大接触圧力 p₀ | 295.3 MPa | 107.5 MPa | -63.6% | | 最大 von Mises | 260.8 MPa | 77.3 MPa | -70.4% | | 接触半径 a | 0.040 mm | — | — | 理論値と比較して、接触圧力は約64%低く、von Mises応力も約70%低い結果となりました。 ### 応力ピーク位置のずれ FEMで最大von Mises応力が発生した座標は (x:1.428, y:-0.579, z:5.119) でした。接触点は (0, 0, 5) なので、最大応力が接触中心から**1.5mm**も離れた場所に出ています。 理論的には、最大von Mises応力は接触中心の真下 z = 0.30a = 0.012mm の位置で発生するはずです。つまりFEMは接触部の応力ピークを完全に見逃しています。 ## 乖離の原因:メッシュ不足 原因はメッシュの粗さです。 F = 1Nでの接触半径は**わずか0.040mm(40μm)**です。この微小な領域の応力分布を正確に捕捉するには、接触部のメッシュサイズを0.008mm以下にする必要があります(接触領域内に少なくとも8〜10要素)。 しかし、Fusion 360のローカルメッシュコントロールでは**最小0.142mm**までしか設定できません。これは必要なメッシュサイズの約18倍も粗いことになります。 荷重を変えた場合の必要メッシュサイズと Fusion の限界を比較すると: | 荷重 F | 接触半径 a | 必要メッシュ | Fusion最小(0.142mm)との比 | |--------|----------|------------|------------------------| | 1 N | 0.040 mm | 0.008 mm | 18倍粗い | | 10 N | 0.087 mm | 0.017 mm | 8倍粗い | | 100 N | 0.187 mm | 0.037 mm | 4倍粗い | | 1000 N | 0.402 mm | 0.080 mm | 2倍粗い | どの荷重条件でも、Fusion 360の最小メッシュでは必要な解像度を満たせないことがわかります。 ## 塑性域に入らないための荷重条件 ヘルツ理論は弾性体を仮定しているため、降伏が起きない条件で使う必要があります。今回の材料(降伏強度207 MPa)では、von Mises応力が降伏強度以下になる荷重を逆算すると F ≤ 約1.8N 程度です。 一方、大きな荷重をかければ接触面積が広がりメッシュ不足が緩和されますが、塑性域に入ってしまうというジレンマがあります。 ## 得られた知見 今回の解析を通じて、以下の知見が得られました。 1. **Fusion 360の解析セットアップの基本**を習得できた。境界条件、接触設定、メッシュ制御など、FEM解析の基本的な手順を実際に試行錯誤しながら理解できた。 2. **ヘルツ接触のような微小接触領域(a < 0.1mm)の解析には、Fusion 360のメッシュ制御では精度が不十分**であることがわかった。ローカルメッシュの最小値0.142mmでは、接触半径0.04mmの領域を解像できない。 3. **高精度な接触解析にはANSYSやAbaqusなど、任意のメッシュサイズを設定可能な専用FEMソルバーが必要**と考えられる。 ただし、Fusion 360が接触解析に全く使えないわけではありません。接触面積が十分に大きい条件(大径球・高荷重)であれば、ある程度の精度は確保できる可能性があります。 ## まとめ Fusion 360のシミュレーション機能は手軽にFEM解析を体験できる優れたツールですが、ヘルツ接触のような微小領域を扱う解析には現状のメッシュ制御では対応が難しいという結論に至りました。 FEM解析では「メッシュサイズが結果の精度を決める」という基本原則を、身をもって体験できた良い学習テーマでした。次のステップとして、Fusion 360が得意とするスケールの構造解析(片持ち梁の曲げ解析や実用部品の強度評価)に取り組む予定です。

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