令和2年度技術士第一次試験問題[基礎科目:材料・科学・バイオ]1-4-6

PCR法は今や生命科学における基本的な技術となっており、また昨今は新型コロナウイルスの問題に伴って、広く一般社会でも耳にする用語となりました。したがって、今後も技術士試験では取り上げられる機会が多くなると思われます。

1. 熱変性は1本鎖DNAに解離させる段階ではありますが、共有結合の切断でなく水素結合の切断を行う操作ですので、この記述は誤りです。

2. アニーリングの特異性は、温度を上げるほど高まります。ですので、この記述は誤りです。ちなみに、温度を上げるとアニーリングの効率は低下しますので、特異性と効率の兼ね合いで、増幅したい配列ごとに、最適なアニーリング温度を検討する必要があります。

3. 伸長反応は、DNA鎖を1塩基ずつ伸ばしていく反応ですから、当然、増幅したい配列が長くなればそれだけ反応時間も長くする必要があります。したがってこの記述は誤りです。

4. こちらは正しい記述となります。熱変性やアニーリングは、いずれも、多くの酵素の至適反応温度である37℃より大幅に高い温度で行われるため、耐熱性のないDNAポリメラーゼでは、伸長反応に到る前に失活してしまいます。PCRには、温泉などに生息する細菌由来の耐熱性DNAポリメラーゼが使用されています。

5. プライマーに1塩基ずつ追加していくのがPCRの伸長反応ですので、PCR法によって増幅したDNAには当然プライマーの塩基配列も含まれます。したがってこの記述は誤りです。

以上、正解選択肢は4. となります。

[解答:④]

もっと知るには・・・

熱変性ではなぜ水素結合が切れるのですか?

熱変性の過程で水素結合が切れる理由は、熱エネルギーが分子間の結合に影響を与えるからです。

DNAは二本鎖を形成する際、相補的な塩基同士が水素結合によって結合しています。アデニン(A)とチミン(T)は2本の水素結合で結ばれ、グアニン(G)とシトシン(C)は3本の水素結合で結ばれています。この水素結合は、比較的弱い結合であり、加熱によって解離しやすくなります。

PCRの熱変性段階では、試料を高温(通常90~95°C程度)に加熱することで、水素結合に加わるエネルギーが増加します。このエネルギーが結合を安定に保つ力を上回ると、結合が切れ、二本鎖DNAが一本鎖DNAに解離します。これは、共有結合(強い結合)ではなく水素結合(弱い結合)が切れるためです。

アニーリングとは何ですか?

アニーリングとは、PCRの2つ目の段階であり、一本鎖DNAにプライマーが結合する過程です。

この段階では、熱変性によって一本鎖に分離したDNAの温度を下げていきます。温度を適切なレベル(一般的に50〜65°C程度)に下げることで、DNAの相補的な塩基配列にプライマーが結合できるようになります。プライマーはPCRで増幅したい特定の配列に対応する短い一本鎖のDNAまたはRNAの断片です。

アニーリングの際、温度が高すぎるとプライマーがDNAに結合できず、逆に温度が低すぎるとプライマーが非特異的な位置に結合してしまい、誤った増幅が生じる可能性があります。そのため、適切な温度を設定することが重要です。

低すぎるとなぜ非特異的な位置に結合するのですか?

アニーリング温度が低すぎると、水素結合の形成が容易になるため、プライマーがDNAの相補性が完全ではない部位にも結合してしまうことが原因です。

通常、プライマーはDNAの増幅したい特定の部位に結合するために設計されていますが、温度が低すぎると結合が起こりやすくなり、プライマーが完全に一致しない部位にも結合する可能性が高まります。これは、低温ではDNA鎖とプライマーの結合がより安定になりやすいからです。

適切なアニーリング温度では、プライマーは相補性が高い部位にのみ結合し、増幅の特異性が確保されます。しかし、温度が低すぎると、相補的ではない部分にも結合が生じることで、非特異的な増幅が起こり、正確な結果が得られなくなる可能性があります。

伸長反応とは何ですか?

伸長反応は、PCRの3つ目の段階であり、DNAポリメラーゼがプライマーに結合したDNA鎖を基にして新しいDNAを合成する過程です。

この段階では、DNAポリメラーゼという酵素が、プライマーが結合している場所からスタートし、一本鎖DNAの鋳型に沿って相補的なヌクレオチドを順番に結びつけて、新しいDNA鎖を作り出します。これにより、鋳型DNAの相補鎖が合成され、目的とするDNA領域が複製されます。

伸長反応の温度は一般的に72°C程度に設定され、これは使用される耐熱性DNAポリメラーゼ(例:Taqポリメラーゼ)が最も効率的に働く温度です。反応時間は合成するDNAの長さに応じて変わり、一般に数十秒から数分程度です。長いDNA配列を増幅する場合は、伸長時間を長く設定する必要があります。

この段階で得られた新しいDNAは次のサイクルの熱変性段階で再び一本鎖に分離され、新たなアニーリングと伸長反応が繰り返されることで、DNAの特定の領域が指数関数的に増幅されます。

PCR法によって増幅したDNAには塩基配列は含まれるとありますが、元のDNAには塩基配列は含まれないのですか?

PCR法によって増幅したDNAにも、元のDNAにも塩基配列は含まれます。ここで混乱が生じたのは、「プライマーの塩基配列が含まれるかどうか」という点に関する質問かもしれません。

元のDNAは、もともと塩基配列を持っており、それがPCRの鋳型として使用されます。PCRで増幅する際には、この元のDNAの特定の部分をコピーして増幅します。

PCRで増幅したDNAは、プライマーから合成が始まるため、プライマーの塩基配列も含まれることになります。プライマーは、PCRの初期段階でDNAの特定の位置に結合し、伸長反応でDNAポリメラーゼがこのプライマーを出発点として新しいDNA鎖を作り出します。そのため、増幅されたDNAには、元のDNA配列に加えて使用されたプライマーの塩基配列も含まれます。

したがって、元のDNAにも塩基配列は含まれており、PCRで増幅されたDNAもその塩基配列を元にして作られているため、塩基配列が含まれています。PCR法によって新たに合成されたDNAの一部として、プライマーの配列が組み込まれているという点が重要です。

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