製造業の現場では、図面のチェックという地味だが重要な作業があります。寸法の記入漏れ、公差の指定ミス、表題欄の不備、加工上あり得ない指示——こうした確認は経験がものを言う一方、人が目視でやる限りは見落としが避けられません。
この図面チェックを、画像認識AIに助けてもらえないか。そう考えて作ったのが「図検AI(zuken-ai)」です。Claude の Vision(画像認識)機能と RAG(検索拡張生成)を組み合わせた、図面検査支援のツールです。この記事では、なぜ作ったのか、どう設計したのか、実装してみて分かったことを、開発の記録として残します。
ソースコードは GitHub で公開しています。
なぜ作ったか
きっかけは、日常的に発生する図面確認の負荷でした。図面のチェックは、一枚ごとに見るべきポイントが決まっているにもかかわらず、枚数が増えると集中力が落ち、単純な記入漏れほど見逃しやすくなります。人間が疲れる部分を機械に肩代わりさせられれば、人はより判断の必要な部分に集中できます。
近年の大規模言語モデルは、テキストだけでなく画像を読み取れるようになりました。図面は画像であると同時に、そこに描かれた寸法や記号には意味があります。「画像を見て、そこに書かれた情報の妥当性を判断する」というタスクは、まさに Vision 機能を持つAIの得意分野になりうると考えました。
設計の考え方:Vision だけでは足りない
最初に試して分かったのは、画像認識AIに図面を渡して「チェックして」と頼むだけでは不十分だということです。汎用のAIは一般的な知識は持っていますが、その現場・その会社に固有のルールは知りません。たとえば「この材質のときは、この表面処理を必ず指定する」「この加工では、この公差より厳しくしてはいけない」といった、社内標準や過去の失敗から生まれたノウハウです。
そこで、RAG(検索拡張生成)を組み合わせる構成にしました。RAG は、AIが回答を生成する前に、外部の知識ベースから関連情報を検索して参照させる仕組みです。図面をチェックするとき、まず社内のルールや過去事例の知識ベースから関連するルールを引いてきて、それをAIに与えたうえで判断させる。これにより、「汎用の画像認識能力」と「現場固有の知識」を組み合わせられます。
構成をおおまかに言うと、次のような流れです。
- 図面画像を受け取る
- Vision 機能で図面の内容(寸法、記号、表題欄など)を読み取る
- 読み取った内容に関連するチェックルールを、知識ベースから検索する(RAG)
- ルールと図面内容を突き合わせ、問題点の候補を提示する
バックエンドは Flask で組み、AIへのアクセスは Vision 対応のAPIを使いました。知識ベースの検索部分が RAG の中核で、ここに現場の知見をためていくほど、チェックの精度が上がっていく設計です。
実装して分かったこと
AIは「見落としの指摘」より「気づきの提示」に向く
使ってみて明確になったのは、このツールの役割は「人間の代わりに合否を判定する」ことではない、という点です。AIの指摘には当然、間違いも含まれます。それを最終判断に使うと危険です。
むしろ有用だったのは、「ここは確認したほうがいい」という気づきを提示する使い方でした。人間が最終的に判断する前提で、見落としやすいポイントをAIに洗い出させる。人間とAIの役割分担を「AIが候補を挙げ、人間が判断する」と定義することで、実務に無理なく組み込めます。
知識ベースの質がすべてを決める
RAG の性能は、参照する知識ベースの質に直結します。汎用のAIがどれだけ賢くても、現場固有のルールが知識ベースに入っていなければ、そのルールに基づくチェックはできません。逆に言えば、現場のノウハウを言語化して知識ベースに蓄積していく作業こそが、このツールを育てる本体だと分かりました。ツールを作ることの半分は、暗黙知を明文化することでした。
図面という「画像」の難しさ
図面は写真と違い、細い線や小さな数字が情報の本体です。解像度や画像の質によって、Vision の読み取り精度は大きく変わります。実運用では、入力する図面画像の質をどう担保するかが、地味ながら重要な課題になります。
現場ツールをAIで作る時代になった
この開発を通じていちばん感じたのは、現場の困りごとを、現場の人間が自分でツール化できる時代になったということです。かつてこうしたシステムは専門の開発会社に依頼するものでしたが、今は現場を最もよく知る人間が、AIの力を借りて自分で試作できます。現場の課題と、それを解決するノウハウを持っている人が、そのまま開発者になれる。これは製造業のDXにとって、大きな変化だと思います。
図検AIはまだ発展途上のツールですが、「AIに現場作業を助けてもらう」という方向性の、一つの実践例として公開しています。同じような課題を抱える方の参考になれば幸いです。
本記事は、筆者が開発した図面検査支援ツール「図検AI(zuken-ai)」の開発記録です。ツールはオープンソースとして GitHub で公開しています。AIによる図面チェックはあくまで人間の判断を補助するものであり、最終的な図面の妥当性判断は必ず有資格者・熟練者が行うことを前提としています。


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