サッカー向きの遺伝子は存在するのか?ACTN3、ACEと才能の本当の関係

フランス代表には、速く、強く、身体能力に優れた選手が多いと言われます。多様な出自を持つ選手が代表に名を連ねることから、「遺伝的な背景が強さに関係しているのでは」と感じたことがある人もいるかもしれません。では、サッカーに向いた遺伝子タイプは、科学的にどこまで分かっているのでしょうか。結論を先に言うと、関連する遺伝子候補は数多く見つかっているものの、遺伝子だけでサッカー選手としての適性を判定できる段階にはありません。本記事では、ACTN3やACEといった代表的な遺伝子と、フランス・日本の育成環境の違いを、慎重かつ分かりやすく整理します。

目次

サッカーは単一能力の競技ではない

まず押さえておきたいのは、サッカーが陸上の短距離走のように「1つの能力だけを競う競技」ではないという点です。ピッチの上では、瞬発力、最高速度、加速力、持久力、敏捷性、筋力、身長や骨格といった身体的な要素に加え、技術、判断力、空間認識、戦術理解、心理的な強さ、けがへの耐性、疲労からの回復力など、非常に多くの能力が同時に求められます。

短距離走であれば「速筋の瞬発力に優れているかどうか」がタイムに直結しやすい一方、サッカーではどれだけ足が速くても、状況判断が遅ければボールを失いますし、技術がなければチャンスを活かせません。この「多面的な競技である」という前提が、サッカーの遺伝的研究を単純な結論に落とし込みにくくしている大きな理由です。

有名な遺伝子候補:ACTN3

スポーツ遺伝学の分野で最もよく知られる遺伝子の一つがACTN3です。ACTN3は、瞬発的な動きを担う「速筋(そっきん)」という筋線維の中で働く、αアクチニン3というタンパク質に関わる遺伝子です。

ACTN3には主に3つのタイプ(遺伝子型)があるとされています。

  • RR型・RX型:αアクチニン3を正常に作れるタイプで、瞬発系・パワー系の能力と関連する傾向が報告されています。
  • XX型:αアクチニン3をほとんど作らないタイプで、持久系の能力と関連する可能性が研究されています。

サッカー選手を対象にした研究では、プロ選手においてRR型やRX型の割合が一般の対照群より高い傾向が報告されています。国際スポーツ医学誌に掲載された研究(Coelho DB, et al., International Journal of Sports Medicine, 2018)では、プロ選手ではXX型の割合がU-20やU-15といった若年カテゴリーより少なく、RX型がより多く見られたことが示され、著者らはACTN3の遺伝子型がサッカー選手のキャリアの進みやすさに影響する可能性を指摘しています。

ただし、ここで注意したいのは、XX型を持つトップ選手も実際に存在するということです。ACTN3の型はあくまで「有利になりやすい傾向」を示すものであり、「この型でなければプロになれない」という才能の決定要因ではありません。「有利な傾向」と「才能を決定づけるもの」はまったく別の話だという点は、繰り返し強調しておきたいポイントです。

もう一つの代表例:ACE

もう一つよく取り上げられるのがACE(アンジオテンシン変換酵素)遺伝子です。ACEは血圧の調節や血流、酸素の供給効率などに関わる遺伝子で、こちらも代表的な2つの型(I型・D型)が知られています。

  • I型:持久力と関連する可能性が報告されています。
  • D型:筋力やパワー系の能力と関連する可能性が報告されています。

2013年に発表されたメタ分析(Ma F, et al., PLoS One, 2013)では、ACEのII型が持久系スポーツ選手において多く見られる傾向、ACTN3のR対立遺伝子がパワー系種目において多く見られる傾向が、それぞれ統計的に示されています。また、2024年に発表された更新版のシステマティックレビュー・メタ分析(International Journal of Environmental Research and Public Health, 2024)でも、エリート持久系アスリートとACEのII型との関連が改めて確認されています。

ただし、こうした研究結果には競技・対象集団によってばらつきがあることも事実です。サッカーは持久力と瞬発力の両方が同時に求められる競技であるため、「I型だから有利」「D型だから有利」と単純に言い切ることは難しいというのが実情です。

実際には多数の遺伝子が関わる

ACTN3やACEは分かりやすい代表例として紹介されがちですが、実際のスポーツ遺伝学研究では、はるかに多くの遺伝子が調べられています。2022年に発表されたレビュー論文(Varillas-Delgado D, et al., European Journal of Applied Physiology, 2022)によると、これまでに約200種類の遺伝子多型がスポーツパフォーマンスに関する形質と関連づけられて報告されており、そのうち20種類以上がエリート選手としての地位と関連する可能性が指摘されています。対象となる領域は、筋肉の収縮、酸素の運搬、心肺機能、エネルギー代謝、炎症反応、筋損傷、腱や靱帯の強度、疲労からの回復など多岐にわたります。

同論文は同時に重要な注意点も示しています。これら個々の遺伝子多型が説明できるパフォーマンスの差は、それぞれごくわずか(全体のばらつきの0.1〜1%程度)にすぎないということです。加えて、多くの研究は対象人数が数十人〜数百人規模と少なく、追試(再現実験)によって同じ結果が得られるとは限らないという課題も抱えています。つまり現在の科学的理解は、「数個の有名な遺伝子だけでサッカーの才能が決まる」のではなく、「何百、何千もの遺伝的変異が、それぞれごくわずかずつ影響を積み重ねる多因子形質である」という捉え方に近いと言えます。

遺伝子だけでは説明できない要素

ここまでの内容を踏まえると、選手としての能力は、おおよそ次のような要素の組み合わせとしてイメージするのが実態に近いでしょう。

選手としての能力は、多数の遺伝子によるごくわずかな影響に加えて、トレーニング、栄養、睡眠、育った環境、技術、戦術理解、心理面、指導者との出会い、日々の競争環境、そしてけがや偶然といった要素が積み重なって形づくられます。

例えば、ACTN3のパワー型とされる遺伝子型を持って生まれても、そもそもサッカーを始めなければ選手にはなれません。技術や判断力が伴わなければ、身体能力だけでトップレベルに到達するのも困難です。逆に、いわゆる典型的なパワー型の遺伝子型ではない選手であっても、優れた判断力、技術、持久力、ポジショニングによって一流の選手になっている例は数多くあります。遺伝子は、選手としての可能性に影響する数多くの要因の「一つ」にすぎないのです。

フランス代表の強さと遺伝子の関係

ここでいよいよ、冒頭の疑問に戻ります。フランス代表には多様な出自を持つ選手が多く、身体的特徴やプレースタイルの幅が広いことは事実です。多様な人口構成が、選手層の幅広さにつながっている可能性は否定できません。

しかし、「移民を多く受け入れたから身体能力の高い選手が増えた」と単純に結論づけることは科学的に不正確です。民族や出自ごとに「サッカー能力」を一括りに決めつけることはできませんし、同じ集団の中にも遺伝的な個人差は非常に大きく存在します。さらに言えば、アフリカ大陸ひとつを取っても、その内部には非常に大きな遺伝的・文化的多様性があり、「アフリカにルーツを持つ選手は身体能力が高い」といった一般化は乱暴な単純化にすぎません。

フランスの強さの本質は、遺伝的な多様性そのものよりも、多様で大きな人口 × サッカー人口 × 地域クラブ × スカウト網 × 育成施設 × 高い競争密度 × 若手を積極的に起用するプロクラブ × 欧州トップリーグへの移籍経路という、いくつもの要素の掛け算にあると考えるのが妥当です。つまり、優れた個人を見つけ出し、育て、日常的に高いレベルで競争させる「仕組み」の存在こそが、フランスの育成の強みだと言えるでしょう。

日本との違い

同じ視点で日本と比較すると、両者の違いが見えてきます。フランスでは、才能が都市部にある程度集中しており、幼少期から地域クラブでの競争密度が高く、有望な選手は早い段階で常設型の育成施設やプロクラブの下部組織に加わります。10代のうちからプロの試合に出場し、欧州トップリーグへも比較的移動しやすい環境が整っています。

一方の日本には、トレセン(都道府県・地域単位で行われる選手発掘・育成の仕組み)、Jクラブのユース組織、高校サッカー、大学サッカーなど、複数の育成経路が並存しています。これは遅咲きの選手を拾い上げやすいという利点がある一方、所属先によって日常的な競争密度に差が生まれやすく、世界最高水準の競争環境に入る時期がフランスなどと比べて遅くなりやすい傾向があります。

こうして見ると、日本とフランスの差は、遺伝子そのものというよりも、選手を輩出する母集団の大きさ、才能の発見率、育成の成功率、そして日常の競争密度の差によるところが大きいと考えられます。

市販のスポーツ遺伝子検査は信用できるのか

近年、ACTN3やACEなど数個の遺伝子を調べ、「パワー型」「持久型」「サッカー向き」といった結果を示す市販の遺伝子検査サービスが登場しています。しかし、ここまで見てきた通り、競技能力は多数の遺伝子と環境要因が複雑に絡み合って決まるものであり、数個の遺伝子を調べただけで、子どもの競技適性を予測できるだけの精度は現時点ではありません。

2015年にBritish Journal of Sports Medicine誌に掲載されたコンセンサス・ステートメント(Webborn N, et al., 2015)では、ゲノム科学・運動生理学・スポーツ医学などの専門家によって、消費者向け遺伝子検査(DTC遺伝子検査)について検討が行われました。その結論は明確で、「いかなる子どもや若いアスリートも、トレーニング内容を規定したり変更したりする目的でDTC遺伝子検査に晒されるべきではない」と述べられています。専門家の合意として、現時点の科学的根拠は、遺伝子検査を才能選抜や競技選択の判断材料として使うには不十分だとされているのです。検査結果だけをもとに、子どもの可能性を狭めてしまうことは避けるべきであり、現時点でこうした検査は、あくまで娯楽的・参考的な情報にとどめておくのが適切でしょう。

今後、遺伝子研究が役立ちそうな分野

一方で、遺伝子研究がまったく無意味というわけではありません。研究者の多くが現実的な応用先として期待しているのは、「才能発掘」よりもむしろ、けがのリスク管理や個別化されたコンディショニングの分野です。具体的には、肉離れのリスク、腱や靱帯損傷のリスク、疲労からの回復のしやすさ、トレーニングへの反応の個人差、炎症反応、熱中症のリスク、心臓疾患のリスクといった領域での活用が検討されています。

実際に、ACTN3 R577X多型についても、プロサッカー選手のけがの発生率や重症度との関連を調べた研究(American Journal of Sports Medicine系の研究、2017年発表)が報告されています。ただし、こうした分野でも遺伝子情報単独で判断が下せるわけではなく、血液データ、GPSによる走行データ、これまでの運動歴、睡眠状況、既往歴といった他の情報と組み合わせて初めて実用的な意味を持つと考えられています。

まとめ

最後に、本記事の要点を整理します。

  • サッカーに関連する遺伝子候補は、ACTN3やACEをはじめ、これまでに200種類近くが報告されている
  • ACTN3やACEは有名だが、いずれも単独でサッカー選手としての才能を判定できるものではない
  • サッカー能力は多因子形質であり、技術・判断力・育成環境の影響が非常に大きい
  • フランス代表の強さは、移民の受け入れそのものよりも、多様で大きな母集団から才能を発掘し育成する「仕組み」にある
  • 日本との差は、遺伝子そのものよりも、選手の母集団規模・発見率・競争密度・プロへの接続速度の差によるところが大きい
  • 市販のスポーツ遺伝子検査で、子どもの競技適性を決めつけるべきではない

遺伝子は、選手としての可能性を決めてしまう「設計図」ではなく、数多くある条件のうちの一つにすぎません。才能を実際の力として開花させるのは、育成環境、指導者との出会い、日々の経験、そして本人の努力との組み合わせだと言えるでしょう。


参考文献

  • Webborn N, Williams A, McNamee M, et al. Direct-to-consumer genetic testing for predicting sports performance and talent identification: Consensus statement. British Journal of Sports Medicine. 2015;49(23):1486–1491. doi:10.1136/bjsports-2015-095343 PMC4680136
  • Ma F, Yang Y, Li X, et al. The Association of Sport Performance with ACE and ACTN3 Genetic Polymorphisms: A Systematic Review and Meta-Analysis. PLoS One. 2013. doi:10.1371/journal.pone.0054685 PMC3554644
  • Coelho DB, Pimenta EM, Rosse IC, et al. Evidence for a Role of ACTN3 R577X Polymorphism in Football Player’s Career Progression. International Journal of Sports Medicine. 2018;39(14):1088–1093. doi:10.1055/a-0753-4973 PubMed 30399645
  • Varillas-Delgado D, Del Coso J, Gutiérrez-Hellín J, et al. Genetics and sports performance: the present and future in the identification of talent for sports based on DNA testing. European Journal of Applied Physiology. 2022;122(8):1811–1830. doi:10.1007/s00421-022-04945-z PMC9012664
  • ACTN3 R577X Polymorphism Is Associated With the Incidence and Severity of Injuries in Professional Football Players. 2017. PubMed 28817413
  • Role of the ACE I/D Polymorphism in Selected Public Health-Associated Sporting Modalities: An Updated Systematic Review and Meta-Analysis. International Journal of Environmental Research and Public Health. 2024;21(11):1439. doi:10.3390/ijerph21111439 PMC11593961

本記事は、公開されている学術論文・レビューをもとにした一般向け解説です。スポーツ遺伝学は現在も研究が進行中の分野であり、今後の研究によって知見が更新される可能性があります。遺伝子検査の利用や子どもの競技選択については、本記事の内容を唯一の判断材料とせず、専門家にご相談ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

目次