工作機械におけるAI技術活用の現状と展望

1. 現在の研究開発トレンド(学術界・研究機関)

工作機械分野では、スマートマシンインテリジェント工作機械の実現に向けた研究開発が活発化しています。学術界では、機械の異常検知や故障予兆を高精度に行う予知保全アルゴリズムの研究、加工プロセスを模擬するデジタルツイン技術との融合、さらには機械学習による加工条件の自動最適化などが主なテーマとなっています。特に、工作機械の予知保全については多くの研究が行われており、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)は「Augmented Intelligence(拡張知能)」プロジェクトを通じて、センサ計測や物理モデルとAIを組み合わせた新手法の開発を進めています。これは、従来の測定学や物理モデルにAI解析を組み合わせ、人間にわかりやすい形で機械の性能劣化を診断・予測する取り組みであり、将来的なスマート工作機械の基盤技術と期待されています

近年の国際会議や学会でも、製造分野のAI活用が重要トピックとなっています。例えばCIRPなど製造分野の学術団体では、「AIと機械加工」に関する基調講演やセッションが設けられ、2000年代以降のAI技術の進展と製造業への適用についてのレビューが行われています。また、日本国内でも大学や研究機関が工作機械メーカーと連携し、振動監視によるびびり振動の自動検知切削工具摩耗のリアルタイム評価加工精度予測などの研究開発プロジェクトを推進しています。実際、東京大学の研究者は「加工状態をリアルタイムに判断し、自律的に学習・適応するインテリジェント工作機械」の実現を目指すなど、学術界からも次世代工作機械のビジョンが提示されています。また、欧州のCECIMO(欧州工作機械工業会)による報告書でも、サプライチェーン管理から品質管理、予知保全に至るまでAI統合が生産効率を大きく向上するとされ、スマートファクトリー実現における工作機械AIの役割が強調されています

このように、故障予測異常診断といった保全分野、自律制御プロセス最適化といった運転制御分野の両面でAI活用の研究が盛んです。特に、単なるブラックボックスAIではなく、物理モデルに裏付けされた説明可能なAI(Explainable AI)の必要性も認識されており信頼性精度を両立するアプローチが模索されています。また、標準化にも動きがあり、ドイツVDW主導の工作機械インタフェース標準「umati」は、機械データを統一フォーマットで扱うことでAI活用を促進する基盤として注目されています。総じて、学術・研究機関は工作機械へのAI導入を支える基盤技術(データ収集基盤、アルゴリズム開発、評価手法など)の確立に注力しており、それらの成果がメーカー各社の製品やソリューションへと展開されつつあります。

2. 工作機械メーカー各社のAI導入事例と製品

主要な工作機械メーカー各社も、AI技術を取り入れた製品やサービスを続々と投入しています。その狙いは、機械の信頼性向上(故障予防)加工プロセスの自動化・高精度化、そして省人化による生産性向上です。以下に、代表的なメーカーのAI導入事例と特徴的な製品をまとめます。

メーカー AI活用の事例・製品 機能・特徴
FANUC(ファナック) AIサーボモニタ(工作機械故障予知ソフト) 工作機のサーボ軸・主軸の制御データを高速サンプリングし、ディープラーニングで異常兆候を検知。追加センサ不要でモータ電流/トルク波形から故障予兆をとらえ、停止前に通知。「壊れる前に知らせる」ことで計画保全を可能にし、ラインの長時間停止を防止。2019年にPreferred Networks社と共同開発し提供開始。現在はFANUCのIoTプラットフォーム「FIELD system」と連携し、多数の工作機械を一括監視する構想も展開。
DMG森精機 Condition Agent(故障予兆検知ソフト) AIチップリムーバル(切りくず自動除去システム) Condition Agentは機械の各種データから異常兆候を早期発見するソフトウェア。振動や負荷のモニタリングにより部品劣化を検知し、予防保全を支援(同社ポータルmy DMG MORI上で提供)。AIチップリムーバルは加工中に発生する切りくずの堆積を画像解析AIで認識し、ロボット式ノズルで自動除去する画期的システム。切りくず詰まりによる機械停止や加工不良を減らし、夜間無人運転でも安定稼働を実現。2020年に横形MC向けオプションとして発売。
ヤマザキマザック MAZATROL SmoothAi(次世代CNC装置) *Smooth CAM Ai, Smooth AIスピンドル 他 自社CNC装置にAI機能を搭載。過去のNCプログラムからAIが加工ノウハウを学習し、最適な加工工程・条件を自動提案(Smooth CAM Ai機能)。3D CADデータからの自動プログラム生成も可能で、段取り時間を大幅短縮。加工中は「スムースAI主軸」機能により主軸の振動センサでびびり振動を検知・自動抑制し、面品位劣化を防止。熟練者が手動調整していた振動対策をAIが即時対応し、生産性と品質を両立。これら機能によりプログラミングから加工実行・監視まで幅広くAIが支援する。
オークマ OSP-AI(自社CNCにおけるAI機能群) *AI機械診断・AI加工診断 CNC「OSP」に組込まれたAIが機械の自己診断と加工状態診断を実現。AI機械診断では主軸・送り軸の異常をセンサーレスで検知し、異常部位を特定。ボタン一つで定期診断を実行でき、長期安定稼働に寄与。AI加工診断ではドリル加工の異常検知と工具摩耗の可視化をリアルタイム実行。異常振動を検知すると機械が自動で工具退避し、折損前に加工停止。工具寿命の最適利用とワーク損傷防止につながる。これら機能は同社最新NC「OSP-P300A」の特別仕様として提供され、実際に自社工場(Dream Site 2)での導入効果も報告。

各社ともAIによる保全・監視機能(故障予兆検知や稼働監視)と、AIによる加工改善機能(加工自動化・最適化)を両立する製品を展開している点が特徴です。例えばFANUCやDMG森精機は工場内の複数機械をIoTプラットフォームでつなぎ、そこにAIアプリを実装することで設備全体のスマート化を図っています。一方、MazakやOkumaは自社NC装置にAIを組込み、現場の作業フロー自体を変革する(プログラミング自動化や加工パラメータの自律調整)方向で製品展開しています。このようにアプローチは異なりますが、最終的な目的は「止まらない工作機械」「考える工作機械」を実現し、ユーザの生産性と安心を高めることに共通しています。

3. 応用分野別のAI活用例

工作機械におけるAI活用は多岐にわたりますが、主な応用分野として以下が挙げられます。それぞれの分野で、具体的にAIが果たす役割と事例を示します。

  • 異常検知・故障予兆保全: 工作機械内部のセンサーデータや制御データを監視し、通常と異なるパターンを検出して故障の兆候を早期に掴む分野です。サーボ電流や振動信号などをAIで解析し、人間には察知困難な微小な変化から劣化を検知します。例えばFANUCの「AIサーボモニタ」は、加工中の軸モータ電流波形を常時学習したモデルと比較し**「異常度」**を算出、軸受やボールねじの傷みを初期段階で検出します。検出された異常兆候はアラートで通知され、計画的な点検・部品交換に繋げることで突発故障を防止します。同様にOkumaの「AI機械診断機能」も、追加センサ無しで主軸・軸の異常有無を自己診断し、ダウンタイム最小化を図っています。これら予兆保全AIにより、従来は熟練技術者の勘頼みだった故障予知が科学的・体系的に行えるようになっています。

  • 加工条件の最適化・自律調整: 加工中に発生する振動負荷をリアルタイムにモニタし、工具や工作物に悪影響を与える前に加工条件を調整する応用です。典型例がびびり振動(チャタリング)の抑制で、Mazakの「スムースAI主軸」は主軸に取り付けたセンサーで振動を監視し、共振によるびびりが発生した瞬間にAIがスピンドル回転や送り速度を自動で調整します。これにより加工面の品質低下を防ぎつつ、生産性に影響の少ない範囲で振動を抑制できます。従来は作業者が耳で異音を聞きつけて手動介入していた工程を、AIが即座に最適化することで無人加工でも安定した加工精度を維持できます。また、AIによる加工条件最適化は振動対策以外にも、最適切削速度の提案工具経路の自動最適化といった形で応用され始めています。例えばMazakのSmoothAiは過去のプログラムから学習したデータをもとに加工工程を自動推奨する機能があり、これは実質的にAIが職人のノウハウを学習して最適工程を判断している例と言えます

  • 自律加工・無人運転: 工作機械が人の介入なしに状況判断・動作変更を行い、長時間の無人運転や自律的な加工を可能にする分野です。上記のびびり振動対策も自律加工の一部ですが、さらに踏み込んで異常発生時の自動対応まで含めた例として、Okumaの「AI加工診断機能」があります。これはドリルの折損など突発異常が発生しそうな兆候をAIが察知すると、機械が自動で工具を退避・加工停止してワーク損傷を防ぐ仕組みです。人手が離れた夜間でも工具折れによる大事故を未然に防げるため、24時間稼働の信頼性が向上します。また、DMG森精機の「AIチップリムーバル」は機内カメラ映像をAIが解析し、切りくずが溜まったと判断すると自動でノズル洗浄を実行します。従来、人が都度止めて行っていた切りくず除去を機械が自律的にこなすことで、真の無人運転が実現できます。このような状況認識と自動制御を組み合わせたAI活用により、将来的には工作機械がオペレータの代わりに判断・操作を行う領域がますます拡大すると期待されています。

  • その他の応用分野: 上記以外にも、品質検査・寸法測定へのAI活用や、工程計画の自動化といった応用が進んでいます。例えばFANUCはロボットに搭載したAIで製品画像から良否判定を行う機能を開発しており、溶接部品の有無検査などを自動化しています。工作機械分野ではありませんが、製造ライン全体としてはAIが外観検査や測定を担うケースも増えており、加工機から取得するデータと組み合わせてトレーサビリティ品質予測に役立てる動きがあります。また、AIを用いたNCプログラムの自動生成も注目分野です。Mazakの事例に限らず、近年では3D CADモデルを入力すると加工プログラムを自動作成するソフトウェアも登場しており、熟練プログラマの知識をAIが学習して工程設計を自動化する試みが進んでいます。総じて、人間の勘や経験に頼っていた領域をAIが補完・代替しうる分野は広がっており、異常検知から加工制御、品質保証まで製造プロセスの各段階でAIが活用されつつあります。

4. 技術的アプローチ(使用されているAI手法・センサーデータ活用など)

工作機械にAIを適用するにあたり、どのようなAI手法を用い、どのようなデータを活用しているかも重要なポイントです。技術的アプローチの観点から、代表的な要素を整理します。

  • 機械学習・深層学習手法の活用: 多くのケースで、工作機械のAIには機械学習のアルゴリズムが使われています。中でも教師なし学習異常検知モデルは、故障予兆検知に広く用いられています。例えばFANUCのAIサーボモニタでは、正常稼働時のモータトルク波形を深層学習によりモデル化し、それとリアルタイムデータを比較して異常スコアを算出する手法が採られています。これは、ニューラルネットワーク(オートエンコーダ等)が正常状態の特徴を学習し、わずかなズレも検知できるようにしたものです。一方、教師あり学習は主に画像識別や予測に活用され、DMG森精機のAIチップリムーバルでは、事前に様々な機内画像で学習したCNN(畳み込みニューラルネットワーク)により切りくずの位置・量を高精度に判別しています。また、品質検査用途の画像判定AIなどでは大量の良品・不良品データで学習したディープラーニングモデルが活用されています。さらに、強化学習と呼ばれる手法も加工条件の最適化分野で注目されています。強化学習ではAIが試行錯誤を通じて最適な操作を学ぶため、例えば切削条件の自動チューニングやロボットと工作機械の協調制御などへの応用研究が進められています。

  • センサーデータとIoTの活用: AIの性能は、学習に用いるデータの質と量に大きく左右されます。工作機械では様々なセンサー信号がデータ源となります。典型的なものは、サーボモータ電流・トルク(駆動系の負荷変動を捉える)、主軸振動(切削時の振動や異常を捉える)、工具軸の加速度センサ(工具のぶれや衝撃を検知)、温度センサ(機械熱変位の補正に使用)などです。MazakのスムースAI主軸では回転工具用主軸にセンサを内蔵し、常時振動データをモニタしています。OkumaのAI加工診断では主軸の負荷信号や軸加速度から工具の異常を検知しています。さらに近年では、画像センサ(カメラ)の活用も増えています。上述のAIチップリムーバルでは2台のカメラ映像を解析し、AIが機内の切りくず堆積状態を把握しています。画像から加工中の様子を捉えてフィードバックすることで、人間の目のような役割を果たしています。これらセンサーデータは工作機械内のCNC装置や周辺の工場内ネットワークを通じて収集され、IoTプラットフォーム上で蓄積・分析されます。

  • エッジAIとクラウドの使い分け: 工作機械のAI実装では、リアルタイム性データ量の兼ね合いから、エッジとクラウド双方が活用されます。リアルタイム制御が必要な振動抑制や異常時の即時停止といった機能は、工作機械内蔵のCNCや産業用PC上でAIモデルを動作させるエッジAIの形態が適しています。FanucやMazak、Okumaの事例はいずれもNC装置内でAI計算が行われ、ミリ秒単位で制御に反映されています。一方で、長期的な予兆保全や複数台の比較分析などには、クラウド上にデータを集約してAI分析する手法も取られます。DMG森精機の統合監視サービスやFanucのFIELD systemは、工場内LANやクラウドサーバに様々な工作機械のデータを集め、クラウドAIで総合的な分析を行うプラットフォームです。例えば一工場内の全工作機のスピンドルデータを集めて統計モデルを構築し、異常傾向のある機械だけ通知するといった高度な分析が可能になります。今後もエッジとクラウドのハイブリッドで、必要な時に必要な場所でAIが処理を行う体制が整えられていくでしょう。

  • 物理モデルとの融合(ハイブリッドAI): 工作機械は高度に物理法則に支配されたシステムであるため、AI単独ではなく物理モデルとの融合も技術的アプローチとして重要です。NISTが提唱する「Augmented Intelligence(拡張知能)」はその典型例で、センサーデータを解析するAIモデルに物理学的な拘束条件や計測学に基づく補正を組み込むことで、信頼性と説明性を高めたAIを目指しています。例えば、熱変位予測では純粋なAIモデルだけでなく、機械構造の熱膨張モデルを組み合わせて補正する研究が行われています。また、切削力の推定では物理シミュレーションと機械学習を融合させ、少ない計測でも高精度に加工中の力を推定する試みが報告されています。このようなハイブリッドAIは、製造分野で求められる「結果の根拠」が明確になる利点があり、今後産業実装する上で鍵になると考えられます。

  • その他の技術要素: その他、AIを工作機械で活用するための技術的工夫として、通信規格の標準化(前述umatiなど)や、UI/UXの工夫も挙げられます。FanucのAIサーボモニタでは結果をオペレータが理解しやすい異常診断レポートやメール通知の形で提供するなど、現場で使いやすい仕組みが取られています。また、AIが出した判断を現場の人が確認・介入できるよう、NC画面上にリアルタイムの異常度表示を行ったり、AIの提案する加工工程を人間が編集可能な形で提示したり(MazakのAIプログラム提案機能など)するなど、人とAIの協調も配慮されています。総じて、高速な演算ハードウェア大量データを扱うソフトウェア技術他システムとの接続性人への情報提示といった幅広い技術の組合せが、工作機械AIソリューションを支えています。

5. 成功事例および課題点

成功事例・導入効果の報告

AI技術の導入によって、実際に生産現場で効果を上げている事例も増えてきました。そのいくつかを紹介します。

  • 事例1: ファナックのAI予知保全によるダウンタイム削減 – ファナックが提供するAIサーボモニタは、国内外の多くのユーザー工場で予防保全ツールとして活用されています。発表によれば、試験導入段階で300台以上の工作機械に適用し、3年間で21件の重大故障に繋がりうる異常の兆候を検出したといいます。各ケースで早期の部品交換や修理手配が可能となり、実際に現場では突発的なライン停止を回避できたとのことです。従来見逃されていたリニアガイドの傷やボールねじ摩耗なども検知され、ユーザーからは「設備稼働率の向上」「保全計画の効率化」に繋がった成功例として報告されています。

  • 事例2: オークマの自社工場でのAI活用 – オークマは自社の新工場「Dream Site 2 (DS2)」に最先端のAI技術をいち早く導入しました。その中核であるOSP-AIでは、機械自己診断と加工診断を組み合わせて稼働しています。実績の一つとして、深穴加工(ガンドリル加工)工程でAI加工診断を用いたところ、工具の異常発生を事前に検知して加工停止することで工具破損を防止し、不良品の発生をゼロにできたといいます。加えて、工具をまだ使える段階で過剰交換する無駄も減らせ、工具費の削減にも寄与しました。同社は「工具費を削減しつつワーク不良を防止でき、生産コストと品質両面で効果が出た」としています。

  • 事例3: DMG森精機のAIチップリムーバルによる無人化促進 – DMG森精機のAIチップリムーバルを導入したユーザーからは、夜間の無人運転が安定したとの声が聞かれます。従来、長時間の自動運転中に切りくずが機内に蓄積すると、クーラント詰まりや工具折損を招き、途中で人が清掃対応せねばなりませんでした。AIチップリムーバルは加工の合間に自律的に洗浄を行うため、作業者が介入せずとも切りくず詰まりによる停止を回避できます。あるユーザー工場では、このシステム導入後に夜間の機械停止件数が激減し、結果として1日の有効加工時間が増加したと報告されています。また、切りくず堆積によるワーク表面の傷付き不良も減り、品質面の安定にも繋がったとのことです。

  • 事例4: 熟練技能のAIによる再現と伝承 – ナガセインテグレックス社が発表したAI研削盤は、ベテラン技能者の研削加工テクニックをAIに学習させ、誰が操作しても同じ結果が出るようにした画期的事例です。スピンドル電流や加工音などから研削状況をAIが判断し、自動で最適な研削条件に調整します。これにより、経験の浅いオペレータでもベテランと同等の精度で加工できることが確認されました。技能伝承が課題となっている分野で、AIが職人技を見える化・継承した成功例として注目されています。

上述のように、AI導入によって設備稼働率の向上工具コスト削減品質安定無人化運転時間の拡大技能継承など多方面の成果が報告されています。定量的な効果はアプリケーションによって様々ですが、いずれも人や機械の潜在能力を引き出し、これまで実現困難だった最適化を可能にした点が共通しています。

課題・問題点とその克服に向けて

一方、工作機械へのAI適用にはいくつかの課題も指摘されています。主な課題点と、それに対する取り組みを以下に整理します。

  • データ不足と品質: 機械学習のモデルを高精度にするには大量の学習データが必要ですが、工作機械の故障や異常のデータは頻繁に得られるものではありません。また、加工条件の組み合わせも無数にあり、汎用的なAIモデルを作るにはデータカバレッジが足りない場合があります。この課題に対し、各社はシミュレーションデータの活用や異常のラベル無しデータで学習できる教師なし手法の採用などで対応しています。例えばFANUCは追加センサなしで取得できる大量の制御データを活用し、正常データのみで学習する異常検知AIを実現しました。今後、メーカー間やユーザー間でデータを共有しあう枠組み(標準化/API整備)も課題克服のポイントとなるでしょう

  • AIの信頼性・説明性: AIが出す結果がブラックボックスになりやすく、現場の技術者が判断根拠を理解しにくいことがあります。例えば「異常検知AIが警報を出したが、何が原因か分からない」といったケースです。この問題に対し、最近では説明可能なAI(XAI)の導入や、前述の物理モデルとのハイブリッド化によって結果の妥当性を示す工夫がされています。FANUCのAIサーボモニタでは通知メールに分析レポートを添付し、どの軸のどの信号に通常と異なる傾向が出たかを示すようにしています。また、AIモデル自体も、異常時に特徴量寄与度を出力するなどユーザーが対処法を考えやすい改良が進んでいます。信頼性については、重要保全判断にはAI結果だけでなく人によるダブルチェックを組み合わせる運用もとられています。

  • 現場への適用・人材面: 新しいAI技術を現場に導入する際のハードルとして、現場スタッフのスキル不足従来オペレーションとの整合があります。AIシステムを使いこなすにはデータサイエンスの知識も多少必要ですが、多くの中小製造現場では専門人材が不足しています。また、熟練技能者の中にはAIへの不信感や、自分の経験則とのズレに戸惑うケースもあります。これらの課題に対し、メーカー各社はUIの簡素化(ボタン一つで診断開始など)やトレーニングプログラムの提供を進めています。さらに、経営層や現場リーダーがAIの効果を正しく理解し、現場に浸透させるチェンジマネジメントも重要です。成功事例では、小さく試行導入して効果を実感した現場から徐々に受け入れが進むケースが多く報告されています。

  • コストとROI: AI搭載システムは追加のハードウェア(センサ、工業PCなど)やソフトウェアライセンス費用が発生するため、初期投資に見合う効果(ROI)が得られるか慎重に見極める必要があります。特に生産台数の少ない町工場や中小企業では、高額なAIソリューション導入はハードルが高いです。この点、メーカー側でも低コスト版の提供や、クラウドサービスとして月額課金で利用できるモデルなど工夫がなされています。また、汎用IoTセンサとオープンソースAIで安価に実装する動きもあり、研究機関やベンダー各社が費用対効果の高いソリューション開発を競っています。今後、生産性向上やダウンタイム削減という効果が広く実証されてくれば、AI導入のコストに対する心理的抵抗も減少していくと考えられます。

  • 相互運用性・データ連携: 工場内には様々なメーカーの工作機械やシステムが混在する場合が多く、特定メーカーの独自AIシステムだけでは工場全体の最適化が難しいケースがあります。異なる機械からのデータを統合解析したり、一元的に監視したりするには、インタフェースの標準化データ互換が不可欠です。この課題に対して、前述のumatiやMTConnectといった標準プロトコルが整備されつつあります。また、一部の大手ユーザーは自社でデータレイクを構築し、そこに各社の機械データを集約して独自にAI分析する試みもあります。メーカー各社も自社製以外の設備を巻き込めるプラットフォームを志向し始めており、エコシステム構築競争の様相も呈しています。今後は、異種システム間でシームレスにデータをやり取りしAIが工場全体を俯瞰できる環境づくりが課題となるでしょう。

これら課題点はあるものの、多くは現在進行形で対策・改善が進められています。AI技術自体の進歩に加え、現場からのフィードバックを元にした実践知の蓄積によって、**「使えるAI」「現場にフィットするAI」**へと進化しつつあると言えます。

6. 今後の展望と技術進化の方向性

AI技術と工作機械の融合は今後さらに加速し、製造業の在り方を大きく変える可能性があります。最後に、今後の展望と技術進化の方向性について考察します。

  • 高度な自律型工作機械の実現: 将来の工作機械は、現在よりも格段に自律性が高まると期待されます。NISTが描くビジョンによれば、スマート工作機械は自身の健康状態を常時監視・予測し、加工プロセスのパフォーマンスをリアルタイムで最適化するようになるといいます。具体的には、工作機械が加工中にセンサから得た情報をその場で判断し、必要に応じて加工条件を調整したり、事前に保全措置を取ったりする姿が想定されています。これはまさに人間のオペレータとエンジニアの役割を部分的に機械が担うもので、設備が**「自ら考え計画的に停止・稼働する」**未来像と言えます。現在も一部で実現しているびびり振動の自動抑制や異常時の自動停止が、さらに洗練されて適用範囲を拡大し、完全自律運転の工作機械が登場してくるでしょう。

  • 人とAIの協調による技能伝承と効率化: 少子高齢化による熟練工不足が懸念される中、AIは技能伝承のキーテクノロジーになると考えられます。AIがベテランの加工ノウハウを学習し若手に提供する例(前述のAI研削盤など)はその端緒です。将来は、機械自体が社内の名人の技を標準機能として備え、新人でも高品質加工が行えるよう支援してくれるかもしれません。また、現場の判断業務をAIが肩代わりすることで、技能者はより創造的・付加価値の高い業務に注力できるようになります。AIと人の協調により、生産性と職人的技能の両立が図れるでしょう。一方で、人間の経験と直感も依然貴重であるため、それらをAIが補完強化する形(例えばAIが提案した加工条件を最終確認・調整するのは人間、といった役割分担)が定着すると予想されます。

  • 統合プラットフォームとデジタルツイン: 未来のスマート工場では、単機能のAIツールではなく、工場全体を最適化する統合プラットフォームが重要になります。工作機械メーカー各社も、自社の枠を超えて工場内の全データを管理・解析できるサービス提供を志向しています。これにより、生産計画の最適化から工程間の自動調整、需要予測に基づく設備運用まで、AIが包括的にサポートする時代が来るでしょう。また、デジタルツイン技術との融合も一層進むと見られます。AIによって現実の機械を正確に模擬するデジタルツインが可能になれば、新しい部品の加工条件を事前に仮想空間で最適化し、その結果を実機に即時反映するといったことも現実味を帯びます。AIが進化することでデジタルツインの精度も上がり、シミュレーションと実機制御のリアルタイム連携が実現すれば、開発期間の短縮やトラブルフリーの生産立上げが期待できます。

  • AI技術自体の進歩と製造特化AI: AIアルゴリズムおよびハードウェアの進歩も展望の一部です。計算資源が増大しつつある今、エッジデバイスに高性能AIチップを搭載してNC装置内でディープラーニングを走らせることも容易になってきました。今後5年~10年で、リアルタイムに高解像度画像や膨大なセンサーデータを解析できる小型AIモジュールが登場すれば、よりきめ細かな制御や高度な異常検知が可能になるでしょう。また、製造業向けに特化したAIモデルの研究も進むと考えられます。現在主流の汎用ディープラーニングは大量データ前提ですが、製造現場の少データ環境に適応できるメタラーニング転移学習物理一体型AIなどの技術が発展すれば、より短期間・少データで有用なモデルが構築できるようになります。それにより、中小企業でも自社データでサッとAIを訓練し、自社設備に最適化されたAIソリューションを得る、といったことが可能になるでしょう。

  • 標準化とオープン化の進展: 先述の通り、業界標準の通信規格やデータ形式の整備が今後さらに進み、異なるメーカーや年代の機械でも容易にデータ連携できるようになる見込みです。産官学共同で国際標準策定が進めば、AIアプリケーション開発も裾野が広がります。将来的には、工作機械メーカーの垣根を越えて使える共通のAIアプリプラットフォーム(「Appストア」のようなもの)が登場し、ユーザーは必要なAI機能を後付けで機械にインストールする、といった姿も考えられます。例えば振動予測AIや工具寿命予測AIをユーザーが自由に選んで自社の各機械に入れる、といった柔軟性が生まれれば、AI活用は飛躍的に普及するでしょう。

  • 導入ハードルの低減: 技術が成熟するにつれ、AIの導入ハードル自体も下がっていくと期待されます。現状では専門知識や初期投資が必要だったものが、将来的には標準機能化低価格化し、特別意識せずともAIが利活用されている状態になるでしょう。メーカー各社の新型工作機を見ると、その兆候は既にあります。Mazakは最新CNCにAI機能を標準搭載し始めており、OkumaやDMG森精機も新製品発表時にはAI・IoT対応を大きく打ち出しています。また、FANUC会長の稲葉氏が「つなぐこと(IoT)はできる。次は考えること(AI)の時代だ」と述べているように、業界全体がAI活用を前提とした次のステージに踏み出しています。将来の工作機械ユーザーは、意識せずともAIによる恩恵(壊れにくい、調整不要、高品質安定生産など)を享受できるようになるでしょう。

総括すると、工作機械におけるAI技術の活用は今まさに黎明期から成長期へ移行しつつある状況です。現在得られている成果と蓄積されているデータは、更なる飛躍の土台となります。各社エンジニアの言葉を借りれば「今後、製造現場の自動化・無人化を進める上で、こうしたAI機能は必須になる」とのことです。ユーザー企業にとっても、AIを上手に採り入れるか否かが国際競争力を左右する時代が来るかもしれません。人と機械とAIが三位一体となってものづくりを進化させる未来に向けて、研究開発と現場実装の双方がさらに加速していくでしょう。

参考文献・情報源: 本調査レポートは、各工作機械メーカーの公式発表資料・製品情報【5】【15】【21】【23】【38】、業界ニュース(MONOist、ロボットダイジェスト等)【9】【17】【39】、研究機関の公開資料【34】など信頼性の高いソースを基にまとめました。以上より、工作機械×AIの最前線動向を包括的に概観しましたが、今後も新たな技術と事例が登場することが予想されます。読者におかれましては、引き続き最新情報にご注目ください。

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