先日、知り合いの医者と夕食を食べたのですが、その時に mRNA ワクチンの話題が出て、二人で熱く語り合ったので、今週はその話をまとめます。

彼曰く、mRNA ワクチンの本命は癌の治療だったそうですが、これまでのワクチンとは全く異なる手法であるため、業界では、実用化はかなり先のことになると見られていたそうです。しかし、新型コロナに向けのワクチン開発が世界中で積極的に進められた結果、mRNA を活用した BionTechとModerna ワクチンが米国で承認され時計の針が一気に進んでしまったそうです。

これにより、本命であったmRNAの癌治療への応用も一気に進む可能性があり、「5年以内に実用化されても不思議ではない状況だ」と彼は主張します。

mRNA (message RNA)の存在を最初に指摘したのは、 Jacques Monod  Fran?ois Jacob  の二人で(二人ともフランス人)、二人とも1965年にノーベル医学賞を受賞しています。彼らの功績は、DNAに書かれた情報が mRNA を介してタンパク質の合成にいたる分子レベルの仕組みを解析したことにあり、Molecular biology(分子生物学)の父と呼んでも良い存在です。

 

上の図は、Wikipedia の mRNA のページから拝借したものですが、コンピュータで言えば、ディスクに相当する DNA に格納された情報が、(メインメモリに相当する)mRNA に転写され、その情報を使って体に必要なタンパク質が作られる様子を表しています。

インフルエンザウィルスやコロナウィルスは、細菌と違って自分自身を複製する能力をもっておらず、自分を複製するのに必要な遺伝子情報を含む RNA を、あたかも宿主自身の遺伝子情報を持つ mRNA のように見せかけて、複製させるのです。

このウィルスがmRNAの仕組みを利用して宿主に自分を複製させる点に注目し、それと同じ仕組みを医療に応用できるはずだと最初に考えたのが、ペンシルバニア大学の助教授だった Katalin Karik? です(ハンガリー人)。

彼女は、mRNA を細胞の中に送り込むことさえ出来れば、どんなタンパク質でも作らせることが出来るので、体が必要とするタンパク質を作らせたり、逆に、退治すべきもの(ウィルス、細菌、癌細胞)が持つタンパク質をあえて作らせることにより、そのタンパク質に対する免疫を作らせたりすることが可能だと考えたのです。

当初(1990年代)は、あまりにも突飛なアイデアだったため、なかなか研究予算もつかず、とても苦労したそうです。

 

彼女の苦労話は、The Unlikely Pioneer Behind mRNA Vaccines というポッドキャストで聞くことが出来るので、通勤途中にでも是非とも聞いてみてください。

なかなか認められなかった Katalin Karik? が本格的に(十分な研究開発費で) mRNA 医療の開発に関われるようになったのは 2013年にドイツの BioNTech に引き抜かれてからのことで、その成果が、米国で接種が始まり、日本でも使われている Pfizer-BioNTech ワクチンです。

BioNTech は、元々、免疫の力を利用して癌治療をする「免疫癌治療」の研究開発をする会社でしたが、Karik? 氏が参加して以来、mRNA の医療への活用に力を入れるようになりました。BioNTech は、2019年にビル・メリンダ・ゲイツ財団から $55 million の資金を集め、その後 Nasdaq に上場しています(ティッカーシンボルは BNTX、株価総額は現時点で $53.27 billion)。

 

一方の Moderna は、2010年に Harvard Medical School で研究者をしていた Derrik Rossi によって作られましたが、Karik? 氏の2005年の論文を読んだ彼は「これはノーベル賞に値する」と直感するほど感動したそうです。

Derrick Rossi は MIT の Robert Langer と組んで、Moderna  を設立、Cambridge のベンチャーキャピタル、Flagship Ventures から資金を集めました。Moderna は、BioNTech と違って、最初から mRNA の医療への応用に力を入れている会社です。

Moderna は、2011年にSt?phane Bancel を CEO として雇いました。Bancel 氏は、医学の博士号ではなく MBA を持つビジネスサイドの人ですが、早々に AstraZeneca との $240 million の契約を結ぶなどの経営手腕を発揮しています。

Moderna は、上場前に $1 billion 以上の資金を集めてユニコーン(株価総額が $1 billion を超える未上場ベンチャー)になり、2018年に上場しました(MRNA、株価総額は現時点で $83.28 billion)。

 

下のグラフは Moderna の四半期ごとの一株利益(EPS)をグラフにしたものですが(2021年の第二四半期以降は予想)、赤字だった会社が、「COVID-19ワクチン特需」で突然黒字になったことが良く分かります。アナリストの予想した数字を平均すると、2021年、2022年の一株利益はそれぞれ25.30、$18.14 ですが、それを考えると、去年から急上昇した現在の株価ですら、高すぎるとは思えません(私は Moderna と BioNTech の両方の株を所有しています)。

 

BiNTech も Moderna もペンシルバニア大学で Katalin Karik? が開発したパテントをライセンスしていますが、 彼女の研究にそれほどの価値があることに気がついていなかったペンシルバニア大学は、早々にそのパテントを別の会社に売却してしまっていたそうです。

mRNA の医学への応用は、今では実用化されてその有効性が理解されることとなりましたが、当初はメディアから大きな疑いの目で見られており、2016年には STAT により、「Moderna は第二の Theranos かも知れない」とする厳しい批判記事が出たことすらあります(Ego, ambition, and turmoil: Inside one of biotech’s most secretive startups)。Theranos は医療ベンチャーとして莫大な資金を投資家から集めましたが、後に、投資家向けに提供していた情報が嘘だったことが判明し、経営者は刑務所に入ることになりましたが、そこと比較されるほどの疑いの目が向けられていたのです。

ちなみに、mRNA ワクチンに関しては、ドイツの CureVac という会社も開発を進めていますが、まだ認可は降りていないそうです。CureVac は2013年に Johnson & Johnson と mRNA を利用したインフルエンザワクチンの研究開発を開始していますが、まだ実用化はされていません。

CureVac は、BioNTech と同じく、上場前にビル・メリンダ・ゲイツ財団から資金の提供を受けており、2017年には $359 million の投資を受けて、ユニコーンの仲間入りをしました。2020年の8月に NASDAQ に上場しています(CVAC、株価総額は現時点で $11.53 billion)。

 

株価が最近になって急落しているのは、治験の結果、有効性が47%と低い値だったことが判明したため、認可が降りる可能性が低いと投資家たちがはんだしたためです(CureVac fails in pivotal COVID-19 vaccine trial with 47% efficacy)。

有効性が低いのは、現在はイギリスやインドからの変異株が流行しているからという説もありますが、米国は有効性50%以下のワクチンは認可しない方針なので、このままでは難しい状況です。

ちなみに、mRNA ワクチンに共通する副反応として、数は少ないものの(789ケース)、若い人がワクチンを受けた後に心臓に痛みを感じるなどの報告があり、CDCが因果関係の調査に乗り出しています(CDC Further Investigating Heart Inflammation Cases After Pfizer, Moderna Covid-19 Vaccination)。CDCの報告によると、そのうち226ケースが「myocarditis(心筋炎)」と呼ばれる症状だそうですが、ワクチンが直接の原因になったかどうかは、まだ不明だそうです。

別の調査によると、若い人が新型コロナウィルスに感染した場合、2.3% の人が心筋炎を起こすそうなので、それとの関連性も疑われています。

たとえワクチンが心筋炎の原因だとしても、その確率は、わずか 0.0016%なので、ワクチンを受けずに、新型コロナに感染してしまうよりも、はるかに安全と言えます。

【参考資料】

引用 週刊 Life is Beautiful 2021年6月22日号

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