テルペン総合レポート

テルペンの定義と分類

テルペン(英: terpene)は、生物が産生するイソプレン単位(C<sub>5</sub>H<sub>8</sub>)の繰り返しからなる炭化水素化合物の総称です。一般式は (C<sub>5</sub>H<sub>8</sub>)<sub>n</sub> で、揮発性が高く、多くが植物の精油成分として存在し独特の香気を持ちます。現在まで30,000以上のテルペン類が知られていますが、広義のテルペノイド(含酸素官能基を持つ誘導体まで含む)では10万種類以上に及ぶとも報告されていますnature.com

テルペンは含有するイソプレン単位の数により以下のように分類されます(表1参照)。例えば炭素数10(イソプレン2単位)のものはモノテルペン、C<sub>15</sub>(3単位)はセスキテルペン、C<sub>20</sub>(4単位)はジテルペン、C<sub>30</sub>(6単位)はトリテルペン、C<sub>40</sub>(8単位)はテトラテルペンと呼ばれます。炭素数5のヘミテルペン(イソプレン1単位)や、極めて稀なC<sub>25</sub>(5単位)のセステルテルペン、C<sub>35</sub>(7単位)のセスクアルテルペンも報告されています。さらに骨格内の環の数により非環式、単環式、二環式…と分類することもあります。

表1.テルペンの主な分類(イソプレン単位数による)

分類 炭素数 (C数) イソプレン単位数 主な例
ヘミテルペン C<sub>5</sub> 1 イソプレン、プレノールなど
モノテルペン C<sub>10</sub> 2 リモネン(柑橘類の香気)、α-ピネン(松ヤニ)en.wikipedia.org
セスキテルペン C<sub>15</sub> 3 β-カリオフィレン(ホップやクローブ由来)、フアルネソール
ジテルペン C<sub>20</sub> 4 レチノール/レチナール(ビタミンA)、タキソール(パクリタキセル)
セステルテルペン C<sub>25</sub> 5 (稀)ゲラニルファルネソールなど
トリテルペン C<sub>30</sub> 6 スクアレン(鮫肝油)、ステロイド(ラノステロール等)
セスクアルテルペン C<sub>35</sub> 7 (稀)微生物由来の特殊化合物に存在
テトラテルペン C<sub>40</sub> 8 カロテノイド色素(β-カロテン等)
ポリテルペン C<sub>5</sub>×n n≫8 天然ゴム(シス-ポリイソプレン)

(※テルペノイドはテルペンに酸素官能基などの修飾が加わった誘導体の総称で、両者はしばしば同義に扱われます。)

テルペンの生合成経路(MVA経路・MEP経路)

テルペン生合成の出発物質はイソペンテニル二リン酸(IPP)とその異性体であるジメチルアリル二リン酸(DMAPP)という5炭素ユニットです。生物界ではこのC<sub>5</sub>ユニットを作る経路として、メバロン酸経路(MVA経路)と非メバロン酸経路(MEP経路、またはDOXP経路)という2つの独立した経路が存在します。メバロン酸(MVA)経路はアセチルCoAから経てメバロン酸を合成しIPPに至る経路で、動物・真菌・植物の細胞質や古細菌などに存在します。一方、MEP/DOXP経路は1-デオキシ-D-キシルロース5-リン酸から始まる代謝系で、1980年代に発見された比較的新しい経路です。MEP経路は細菌の大部分や植物・藻類の葉緑体(色素体)に存在し、植物では主に色素体内でモノテルペンやジテルペン、テトラテルペンの前駆体を供給しています。一方、動物・古細菌・真菌および植物細胞質ではMVA経路で主にセスキテルペンやトリテルペン(ステロイドなど)を生成します。このように多くの植物は二重の経路(細胞質にMVA経路、色素体にMEP経路)を持ち、必要に応じて双方からイソプレンユニットを供給しています。

両経路で作られた IPPとDMAPP はプレニル二リン酸合成酵素によって連結され、鎖長が伸長します。例えば、IPPとDMAPPから生成する**ゲラニル二リン酸(GPP, C<sub>10</sub>)**はモノテルペンの前駆体、ファルネシル二リン酸(FPP, C<sub>15</sub>)はセスキテルペンの前駆体、ゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP, C<sub>20</sub>)はジテルペンの前駆体になります。これらのプレニル前駆体が種々のテルペン合成酵素(シクロラーゼ)によって環化や骨格転位を起こすことで、非常に多様な炭化水素骨格のテルペンが生合成されます。一本のプレニル鎖が酵素的に陽イオン化した後、分子内の二重結合への攻撃や一連のカチオン転位反応を経て、最終的に陽イオンが消去(脱プロトン化や水捕捉)されることで、数百種類もの基本骨格が理論的に形成可能です。こうした酵素的カスケード反応により、天然では約400種類もの基本骨格を持つテルペンが確認されているとも言われます。さらに生成した炭化水素骨格が、水酸化・酸化・配糖などの修飾(酵素修飾)を受けることで多様なテルペノイド(例:アルコール、アルデヒド、ラクトンなど)へと展開します。

天然由来のテルペンと主な産生生物

植物はテルペン類の最大の供給源であり、高等植物の二次代謝産物として非常に多種多様なテルペンが見出されます。特に針葉樹は樹脂中に豊富なモノテルペン(例えばマツのα-ピネンなど)を含み、工業的にもテレピン油の原料とされていますen.wikipedia.org。またシソ科やミカン科など芳香植物の精油にはリモネン、リナロール、カンファー、メントール等のモノテルペンが主成分として含まれ、花や果実、樹木の香りの源になっています。実際、精油成分の約4分の1はモノテルペンおよびセスキテルペンが占めるとの報告もあります。植物が生産するテルペンは、食害に対する忌避や**昆虫誘引(送粉者や捕食者の誘導)**など、生態的な役割も持っています。

微生物もテルペンを産生しますが、その数は植物に比べると少なく、現在知られるテルペノイドのわずか2%未満が細菌由来とされていますnature.com。特に真正細菌ではテルペン合成能を持つものは限られますが、放線菌(ストレプトマイセス科)は例外的にテルペン生合成遺伝子クラスターを多数抱えていることがゲノム解析で明らかになっています。有名な例として、放線菌が産生するゲオスミン(土の匂いの主成分となる降雨後の土臭の原因物質)はデカルボキシ化されたセスキテルペンアルコールであり、ストレプトマイセス属ではほぼ全種がゲオスミン合成能を持つほど広範に見られます。同じく放線菌が作る2-メチルイソボルネオールもカビ臭の原因となるモノテルペン誘導体で、これらは一部のシアノバクテリア(藍藻)や粘液細菌からも検出されています。細菌以外では真菌もテルペンを生産します。酵母やカビは細胞膜成分としてスクアレン経由のステロール(真菌ではエルゴステロール)を合成しますし、キノコ類の中には独特な香気成分としてセスキテルペン類(例:マツタケオール等)を放出するものがあります。また海洋生物も重要なテルペン源で、海綿動物からは毎年200種類以上の新規化合物が報告され、その主要なクラスはテルペン類とアルカロイド類だとされています。海藻や軟体動物、サンゴなどからも特異なジテルペンやセステルテルペンが数多く単離されており、医薬リードとなる例も知られます。

テルペンの薬理作用に関する研究

テルペンおよびテルペノイドは、その構造多様性に裏付けられる幅広い生理活性を示すことが古くから知られています。研究の蓄積により、抗菌(抗細菌・抗真菌), 抗ウイルス, 抗マラリア(抗寄生虫), 血糖降下, 抗炎症, 鎮痛, 鎮静, そして抗がん作用など、多岐にわたる薬理効果が報告されています。実際、植物精油は古来より民間療法で消毒鎮痛に用いられてきましたし、現代医学においてもテルペン由来の医薬品が活躍しています。例えば、青蒿素(アルテミシニン)は一年草ヨモギ由来のセスキテルペンラクトンで、現在でもマラリア治療の第一選択薬となっています。またタキソール(パクリタキセル)はタイヘイヨウイチイから発見されたジテルペン系の抗がん剤で、乳癌や肺癌などの化学療法に不可欠です。このようにテルペノイドには抗腫瘍活性を示すものが多く、製薬業界でも新規抗がん剤シーズとして注目されています。

近年の研究例として、エレメン(白花蛇舌草などに含まれるセスキテルペン)は脳腫瘍や肺癌・肝癌・鼻咽頭癌に対する有効性が示唆され、現在副作用低減等の観点から臨床研究が進められています。同様に、ヒノキ科の樹木由来モノテルペノイドヒノキチオール(β-ツヤプリシン)は大腸・子宮頸・乳腺・皮膚など複数のがん細胞系で増殖抑制効果を示し、DNA損傷誘発やオートファジー促進、細胞周期停止によるアポトーシス誘導など多角的な作用機序が報告されました。さらにヒノキチオールはマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の発現抑制やシグナル伝達経路(ERKやAKT)の制御を通じてがん細胞の遊走・転移を阻害することも見出され、多重標的型の抗がんリード化合物として期待されています。抗炎症作用に関しても、多くのテルペンが炎症性サイトカインの産生抑制などを介して効果を示します。例えば黒コショウ等に含まれるセスキテルペンβ-カリオフィレンはヒトのカンナビノイドCB2受容体に選択的アゴニストとして作用し、中枢作用を伴わずに抗炎症・鎮痛効果を発揮することが報告されています。このような知見から、β-カリオフィレンは神経保護や代謝調節効果も含めた抗炎症・免疫調節剤として近年注目を集めています。

テルペン類の抗菌・殺菌作用も古くから利用されてきた特性です。タイムやオレガノ油に含まれるモノテルペンチモールカルバクロールは強力な抗菌活性で知られ、現在でも洗口剤や食品保存料として用いられています。また抗ウイルス作用を持つテルペンとして、ハッカ由来のペルシルアルコール(モノテルペン誘導体)がヘルペスウイルスに効果を示すことや、ハーブ由来テルペンがインフルエンザやコロナウイルスの増殖抑制効果を持つとの報告も増えています(これらの作用機序にはウイルス外膜破壊や宿主細胞の抗ウイルス応答活性化などが考えられています)。そのほか、抗酸化作用抗糖尿病作用神経保護作用を示すテルペノイドの研究も進んでおり、天然由来化合物による疾患予防・治療への応用が期待されています。

香料・食品添加物・農薬などへの応用

テルペン類はその香りや風味から、香料フレーバー業界でも欠かせない存在です。モノテルペンのリモネンは柑橘系の爽やかな香気成分として香水や芳香剤、飲料フレーバーに広く用いられていますし、リナロールはラベンダーやバラの花の香りを模したフローラル調の香料として化粧品に使用されています。ビールの原料ホップの香り成分であるフムレン(α-フムレン)やカリオフィレンはセスキテルペンに分類され、これらの含有量がビールの風味・品質に影響を与えることも知られています。またテルペンの酸化誘導体であるシトラール(レモン様の強い香気を持つアルデヒド、ゲラニアールとネラールの異性体混合物)は、食品香料や飲料のフレーバーオイルとして重要です。シトラールは合成香料の原料にもなり、例えばアセトンと縮合させて環化することでスミレの香りを持つイオノン類が得られるため、香粧品化学で重宝されています。

食品添加物としてもテルペンは広く利用されています。果物やハーブ由来のテルペンは「天然香料」としてガム、キャンディ、清涼飲料、リキュールなどに風味付け目的で添加されます。メントール(ハッカ油成分)は清涼感を与える菓子や歯磨き粉に、バニリン(厳密にはフェニルプロパノイドだが広義のイソプレノイド経路産物)はバニラ香料としてアイスクリーム等に不可欠です。柑橘果皮から得られるリモネンは食品の溶剤・抽出剤や香料溶媒としても機能し、近年では環境配慮型の洗浄剤(オレンジオイルクリーナー等)にも応用されています。

テルペンには生物に対する作用があるものも多いため、農薬防虫剤として利用される例もあります。代表的なのは除虫菊由来のピレトリン類で、シクロペンタノイド型のモノテルペンエステルであるこれらは合成ピレスロイド系殺虫剤の元にもなりました。さらにニーム油に含まれるアザジラクチン(リモノイド系トリテルペン)は昆虫の摂食阻害や成長撹乱作用を示し、天然殺虫剤・忌避剤として利用されています。より身近な例では、シトロネラールというレモングラス由来のモノテルペンアルデヒドは蚊よけの忌避剤(虫除けスプレー)として古くから使われています。実際、市販のアロマ防虫キャンドルや蚊取り線香にはシトロネラ油などテルペンを豊富に含む精油が配合されています。またテルペンには抗菌作用を持つものも多いため、農業現場では植物由来の精油を病害防除に用いる試みもなされています。例えばティーツリーオイル(モノテルペン主成分:テルピネン-4-オール等)は抗菌スペクトルが広く、果樹のカビ病抑制などへの応用研究が報告されています。加えて、テルペンは植物ホルモン様の作用を持つものもあり(例:強力なジテルペンであるジベレリンは植物成長促進ホルモン)、農業において発根促進剤や成長調整剤として使われるケースもあります。

以上のように、テルペン類は香粧品・食品から農業まで幅広い産業で利用されており、その市場価値は非常に高いです。例えば天然樹脂から得られるテルペン混合物の精留物(テレピン油、ロジンなど)は、工業的には有機溶媒ワニス・インキ・接着剤の原料として大量に消費されています。ロジン(松ヤニ)などはバイオ由来の工業材料として古くから使われ、近年ではテルペン由来エポキシ樹脂やポリウレタンなどのグリーンポリマー合成にも応用が検討されていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov

バイオ燃料および合成生物学における応用

石油代替のバイオ燃料やバイオ由来化学品の原料として、テルペン類にも熱い関心が寄せられています。テルペンは高エネルギー炭化水素であり、そのまま燃料や溶剤となり得るものも多いからです。例えばモノテルペンのリモネンはその物性(粘度や沸点など)がジェット燃料に類似しており、近年ディーゼル燃料への添加剤航空機用バイオジェット燃料候補として評価が行われましたnature.com。実験ではリモネンを全加水素化(飽和)することで得られるメントタン(2,6-ジメチルオクタン)やファルネサンなどをディーゼルに混合した場合、市販燃料と遜色ない燃焼特性を示すことが確認されています。実際、米国のバイオ企業Amyris社はサトウキビ由来糖を発酵させて得られるセスキテルペンファルネセンから、水素添加によって合成イソパラフィン燃料(ファルネサン:分子式C<sub>15</sub>H<sub>32</sub>)を製造し、航空機用バイオ燃料として実用化しています。このファルネサン系燃料は2014年にASTM国際規格の認証を受け、最大10%まで従来ジェット燃料に混合して商業航空で使用できるようになりました。他にもトウヒ由来のモノテルペンα-ピネンを重合してジェット燃料相当の炭化水素を得る試みや、藻類が生産する**ボタノール(C<sub>11</sub>H<sub>18</sub>)**というトリテルペンを新型燃料に転用する研究など、様々な観点からテルペン系バイオ燃料の開発が進められています。

しかし、天然からテルペンを大量生産するには限界があるため、合成生物学(メタボリックエンジニアリング)の手法が活用されています。植物が微量しか作らないテルペンを微生物で大量生産できれば、燃料のみならず医薬品等の安定供給にもつながるからですnature.com。【カ】例えば抗マラリア薬アルテミシニンは元来キク科植物が微量にしか産生しないため価格と供給が不安定でしたが、2013年に酵母を用いて前駆体アルテミシン酸を大量生産する技術(ジェイ・キースリングらの研究)が確立し、以降は半合成アルテミシンの形で安定供給が可能となっています。このように合成生物学は天然物供給の課題を解決する強力な手段です。実際、多くの価値あるテルペノイドについて微生物ホストでの生産実証がなされています。酵母(Saccharomyces cerevisiae)や大腸菌に植物のテルペン合成経路を導入し、植物由来医薬品の前駆体や香料を生産させる試みは成功例が増えていますnature.com。商業レベルでも、前述のAmyris社は酵母を改変して高収率でファルネセンを発酵生産する技術を確立し、燃料以外にもスクアレン(化粧品原料)や香料、液体ゴムなど多様なバイオベース化学品を製造しています。また近年は光合成微生物(シアノバクテリアなど)を利用して、光エネルギーとCO<sub>2</sub>から直接テルペンを作らせる研究も進展していますnature.com。シアノバクテリアは遺伝子操作技術の発達により、植物のテルペン合成酵素を発現させてターゲット分子を生成させることが可能になってきましたnature.com。例えばある研究では、シアノバクテリアにハッカ由来のリモネン合成酵素を組み込んでリモネンの光合成生産に成功し、さらに代謝経路を最適化することで生産量を向上させていますnature.comnature.com。このように再生可能資源からテルペンを生産するプラットフォーム開発は、燃料のみならず香料・医薬・高分子素材のグリーン生産への道を拓くものとして注目されています。

テルペン生産の遺伝子工学・代謝工学的最適化

高収量でテルペン類を生産するには、生合成経路のボトルネックを解消しフラックスを最大化する必要があります。遺伝子工学・代謝工学の分野では、以下のような戦略でテルペン生産の最適化が行われています。

  • 経路酵素の過剰発現と前駆体供給増強: 生合成経路上の律速酵素を強力プロモーター下で過剰発現し、前駆体の供給を高めます。例えば非メバロン酸経路の初発酵素であるDXS(1-デオキシ-D-キシルロース-5-リン酸シンターゼ)は重要な制御点であり、その過剰発現によって複数の微生物でテルペン収量が向上した報告がありますjournals.asm.org。同様に、MEP経路末端のIDI酵素(IPP異性化酵素)の発現増強は単独でもイソプレノイド産生量を増加させ得ることが示唆されていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。さらに宿主に存在しない経路をヘテロログス導入することも有効です。大腸菌(本来自前のMEP経路のみ)に酵母由来のMVA経路を導入して両経路からIPPを生成させたり、シアノバクテリアに植物由来のGPPS(ゲラニル二リン酸合成酵素)を導入してモノテルペン前駆体を増やすことで、ターゲット産物の収量を飛躍的に増加させた例がありますnature.com

  • 代謝フラックスの最適化と前駆物質の争奪解消: 中央代謝系を改造し、より多くの炭素フラックスがテルペン前駆体合成に流れるようにしますnature.com。例えば上記のシアノバクテリアの例では、糖新生経路(ペントースリン酸経路)の律速酵素であるリブロース5-リン酸エピメラーゼリブース5-リン酸イソメラーゼを過剰発現することで、固定炭素のより多くがIPP合成に充てられるよう設計しましたnature.com。この改造株ではリモネン生産量が2.3倍に向上しておりnature.com、計算機モデルに基づく代謝経路改造(OptForceアルゴリズムの適用など)が有効であることが示されていますnature.com。他にも、宿主側の副次経路(競合経路)のノックアウトによる前駆体プールの増大、NADPHなど補因子供給の増強、発酵条件の最適化(溶存酸素や培地組成調整)など、総合的なチューニングで高生産株の育種が行われています。

  • 酵素工学による改良: ターゲットとなるテルペン合成酵素自体の触媒能力を高めたり、望ましい生成物を得るように酵素の改変(指向性進化や部位特異的変異導入)を行うアプローチです。テルペンシクラーゼは生成物スペクトルが広い場合がありますが、酵素工学的手法で特定の生成物への選択性を高める試みもなされています。またシトクロムP450など後修飾酵素を同時に発現させ、生成した炭化水素骨格を即座に酸化・環化して安定な最終産物に変換するカスケード反応を組み込むことで、ホスト内での蓄積や毒性影響を抑える工夫も報告されています(2023年にはE. coli内で高効率にテルペノイドを産生しつつP450修飾も行えるようレドックス環境を改良した系の報告があります)。これらの先端技術により、従来は植物から微量しか得られなかったような貴重なテルペン誘導体を、微生物ファクトリーで経済的に生産することが可能となりつつあります。

近年の研究動向と代表的な論文(過去5年)

過去5年間で、テルペン科学と応用の分野ではいくつかの注目すべき進展が見られました。その一つは、未踏領域の天然テルペン探索です。特にゲノムマイニングと合成生物学を駆使して、新規テルペンを発見・構造決定する研究が盛んになっています。例えば2023年の Nature Chemical Biology 誌の報告では、ある細菌から偶然発見された16炭素骨格の異例なテルペノイドに着目し、類似のC<sub>16</sub>骨格を作る酵素が他の細菌にも広く存在するかを調べました。その結果、700以上の細菌ゲノムから該当酵素遺伝子クラスターが見出され、酵母を用いた合成生物学的手法で実際に47種もの新規C<sub>16</sub>テルペンを生産・同定することに成功しています。この研究は「通常5の倍数炭素で構成される」という既成概念を超えた非典型テルペンの存在と多様性を示すものとして注目されました。また2025年には Nature Communications 誌において、複数種の細菌由来テルペン合成酵素(334遺伝子)を網羅的に解析し、その37%にあたる125酵素がジテルペン合成酵素として機能することを明らかにした報告があります。同研究では実際に31種の酵素から28種類のジテルペンを単離・構造決定し、その中には未知の骨格を持つものや、従来他生物からしか知られていなかった天然物と同一の骨格を持つもの(細菌で初確認)などが含まれていました。これらは「細菌はテルペン生産能が低い」という通念を覆し、細菌にも膨大な未発見テルペノイドが潜在している可能性を示しています。

創薬・薬理分野でもテルペノイドに対する関心が高まっています。近年のトピックスとして、抗がんテルペノイドの作用機序解明やドラッグデリバリー研究が挙げられます。2025年の報告では前述のヒノキチオールの多面的な抗がん作用に加え、ナノ粒子に担持したテルペノイドによるドラッグデリバリー改善効果などが議論されています。また抗菌薬耐性に対抗する観点から、テルペン系化合物が示す抗菌活性や抗バイオフィルム活性への注目も高まっています。例えばカルバクロール等の植物テルペンを抗生物質と併用して耐性菌を制御する研究や、テルペノイドの修飾によって抗菌スペクトルを拡張する試みが報告されています(Wileyオンラインライブラリ 2023年など)。さらに中枢神経系作用への応用として、テルペンの抗不安・抗うつ作用に関する研究(例:ラベンダー精油中のリナロールによる鎮静効果の機序解明)や、カンナビス由来テルペンが他のカンナビノイドと相乗して鎮痛・抗炎症に寄与する「アントラージュ効果」に関する研究も増えています。

一方、代謝工学の高度化も近年の重要な潮流です。従来は一分子の高生産を目指すアプローチが中心でしたが、近年では生合成経路全体の動的制御(オンオフ制御、前駆体のリアルタイム配分調節など)やマルチオミクス解析に基づくボトルネック同定など、システム生物学的手法を取り入れた精密な最適化が試みられています。例えば2023年には、E. coliにおいてテルペン前駆体合成と並行してP450酵素による酸化修飾を効率化するため、宿主のNADPH供給系や酸化還元バランスを改良することで、従来困難だった高付加価値テルペノイドのワンストップ生産を可能にしたとする報告があります。他にも、酵母や産業用糸状菌(Yarrowia属等)をベースにゲノム編集やAI設計を駆使して、これまで微生物では合成できなかった大型テルペノイド(例:トリテルペンのガン治療分子など)を生産するプロジェクトが進行中です。こうした次世代合成生物学の潮流により、テルペン研究は単なる天然物化学の枠を超えて、未踏化合物の創出や持続可能な生産技術の開発といった新たな段階に入っています。

最後に、近年の代表的な学術論文をいくつか挙げます。自然科学系トップジャーナルでは、上述したようにNature Chemical Biology (2023)やNature Communications (2025)で細菌テルペンに関する画期的な発見が報告されています。またPNAS誌でも、放線菌のゲノムに多数のテルペン合成酵素が存在することを示した先駆的研究や、海綿動物のテルペン生合成遺伝子を解明した研究などが発表されています。合成化学分野ではJ. Am. Chem. Soc.Angew. Chem. Int. Ed. においてテルペン骨格の全合成や酵素触媒的変換に関する論文が多数掲載され、応用化学の観点からもテルペンは依然ホットトピックです。さらにACS Sustainable Chemistry & EngineeringEnergy & Fuels では、前述のようなバイオ燃料応用に向けた研究が数多く報告されていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。総じて、テルペン研究は化学・生物学・工学・薬学の各領域を横断する活発な分野となっており、今後も新知見の創出と産業への応用が期待されています。

参考文献(一部):

  • Breitmaier, E. Terpenes: Flavors, Fragrances, Pharmaca, Pheromones. John Wiley & Sons (2006).

  • Ludwiczuk, A. et al. "Terpenoids" in Pharmacognosy: Fundamentals, Applications and Strategy (2017), pp.233-266.

  • Tholl, D. "Terpene synthases and the regulation, diversity and biological roles of terpene metabolism." Curr. Opin. Plant Biol. 9, 297-304 (2006).

  • Jiang, S. et al. "Biosynthesis of the Anti-malarial Drug Artemisinin in Yeast." Biotechnol. J. 12, 1600733 (2017).

  • Luo, D. et al. "Expanding the terpene biosynthetic code with non-canonical 16 carbon atom building blocks." Nat. Commun. 13, 5468 (2022).

  • Wei, X. et al. "Exploring and expanding the natural chemical space of bacterial diterpenes." Nat. Commun. 16, 3721 (2025).

テルペン市場はどの程度ありますか?

以下は「テルペン(Terpenes)そのもの」と、近接の「テルペン樹脂(Terpene resins)」「個別品目(d-リモネン)」、さらに上位概念の「パインケミカル」など関連市場を並べて“規模感”を把握できるように整理したものです。前提として、各社レポートで定義範囲が異なるため数値は幅を持ちます。

要点(グローバル)

  • テルペン市場(Terpenes): 2023–2025年時点で約9億〜12億米ドル規模年率7〜9%前後の成長予想。例)2023年0.9B→2032年1.7B(CAGR 7.4%)や、2024年1.2B→2033年2.5B(CAGR 9.5%)など。 (dataintelo.com)
  • テルペン樹脂(Terpene resins): 2024年約11億米ドル、2030年約17億米ドル予想(CAGR 7%)。別推計でも2022年0.99B→2027年1.45B(CAGR 7.9%)。 (MarketResearch.com)
  • d-リモネン市場(代表的モノテルペン): 2024年約5.47億米ドル、2032年8.02億米ドル(CAGR 約4.9%)。 (Data Bridge Market Research)
  • パインケミカル(ロジン/ターペンタイン等を含む、上位カテゴリ): 2024年約60.8億米ドル→2034年94.4億米ドル(CAGR 4.5%)。別推計では2025年173億米ドル→2035年282億米ドル(CAGR 5%)。 (Precedence Research)

日本の参考感(関連)

  • 日本のエッセンシャルオイル市場:2024年約3.84億米ドル→2033年約8.00億米ドル。テルペン需要の一端を示す周辺指標として参考。 (グランドビューリサーチ)

まとめと見立て

  • 「テルペン単体市場」はおおむね10億米ドル前後で推移し、ミドルシングル〜ハイシングルのCAGR(約5〜9%)で拡大というのがコンセンサス。 (dataintelo.com)
  • 用途別では接着剤・インキ・コーティング向けのテルペン樹脂が**同規模(〜11億米ドル)**で堅調に拡大。 (MarketResearch.com)
  • 原料レンジまで視野を広げるとパインケミカル全体は“数十億米ドル”級で、地域ではアジア太平洋の比重が大きい。 (Precedence Research)
注:レポートにより「テルペン」の定義(天然/合成、精油との重なり、テルペノイド含有の可否、樹脂・誘導体の扱い)が異なるため、比較は同一ソース内の推移で評価するのが安全です。必要なら、用途(香粧品・食品、溶剤・洗浄、接着剤/樹脂、医薬原料)や品目(リモネン、ピネン、テルピネン…)別のより細かい内訳も作れます。