「空気抵抗を減らしたければ、表面はできるだけ滑らかにせよ」——これは航空工学で80年近く信じられてきた大原則です。ところが2026年、この常識を覆す研究成果が発表されました。あえて微細な凹凸をつけた方が、空気抵抗が減る場合があるというのです。
表面加工に携わる立場から見ると、これは非常に刺激的な話です。「加工面をどう仕上げるか」が、単なる品質の問題ではなく、機能そのものを生み出す設計要素になる。この記事では、この分散マイクロラフネス(DMR)という技術の何がすごいのか、そして「表面粗さを設計する」という発想がなぜ重要なのかを、加工の視点から整理します。
80年の常識と、それを覆した発見
まず、これまでの常識がどこから来たのかを押さえておきます。
空気抵抗は、表面近くの空気の流れが「層流」(滑らかな流れ)から「乱流」(乱れた流れ)に切り替わると急増します。<cite index=”21-1″>この乱流への遷移をいかに遅らせるかが、空力抵抗の低減において鍵を握っている</cite>とされてきました。そして<cite index=”21-1″>この乱流への遷移を抑えて空気抵抗を減らすには、80年以上にわたって「物体の表面を滑らかにしなければならない」という原則が航空工学の大前提として受け継がれてきた</cite>のです。この前提は、日本の航空力学者・谷一郎が1940年に示した、表面粗さと乱流遷移の関係に関する研究にさかのぼります。
ところが2026年、東北大学流体科学研究所の研究グループが、この常識を覆す成果を発表しました。<cite index=”25-1″>壁面境界層厚さのわずか1.0%という微細かつ不規則な表面粗さDMRを流線型模型の表面に施工し、最大43.6%の空力抵抗低減を世界で初めて実証した</cite>のです。<cite index=”25-1″>「前縁部表面が滑らかなほど空気抵抗は減る」という80年来の流体工学の常識を覆す発見</cite>と位置づけられています。
サメ肌(リブレット)とは何が違うのか
空力抵抗低減の技術としては、「リブレット」(サメ肌加工)が有名です。DMRはこれとは根本的に異なります。
<cite index=”21-1″>リブレット加工はサメの皮膚にある微細な縦溝を模倣したもので、気流方向に沿って約0.1mm幅の溝を刻むことで、乱流域の壁面近くに発生する渦を整える</cite>技術です。つまり、既に乱流になった領域で、渦を整えて抵抗を減らす方向の工夫です。
<cite index=”21-1″>これに対してDMRは、ランダムかつ微細な凹凸によって、そもそも層流から乱流への切り替わりそのものを遅らせる</cite>ものです。<cite index=”21-1″>働きかける流域も仕組みも、まったく異なる発想に基づいている</cite>わけです。規則的な溝で乱流を整えるリブレットに対し、DMRは不規則な粗さで乱流化そのものを先送りする。狙う現象が違います。
さらに東北大の研究では、<cite index=”25-1″>この効果が剥離抑制ではなく、壁面摩擦抵抗そのものの抑制によるものであることを定量的に証明した</cite>とされています。これは精密な計測があって初めて言えることで、<cite index=”25-1″>磁力で模型を空中に浮揚させることで従来の風洞試験で不可避だった支持棒による気流の乱れを完全に排除する</cite>装置によって実現されたそうです。
加工の視点:表面粗さは「結果」ではなく「設計対象」になる
ここからは、表面加工に携わる立場からの見方です。
DMRが面白いのは、**「表面粗さを、ねらった機能を出すために設計する」**という発想です。従来、加工現場で表面粗さといえば、Ra(算術平均粗さ)のような「どれだけ滑らかか」を表す指標で管理し、基本的には「滑らかであるほど良い」という前提で扱ってきました。粗さは、抑えるべき結果でした。
しかしDMRの考え方では、粗さは「どう分布しているか」まで含めて設計対象になります。ここで重要になるのが、単純な高さの指標だけではない、粗さの「質」を表すパラメータです。
たとえば Ssk(スキューネス、歪度) という指標があります。これは表面の高さ分布が、山側と谷側のどちらに偏っているかを表すものです。一般に、Ssk がプラスなら細かい山が多い表面、マイナスなら細かい谷が多い表面を意味します。同じ Ra であっても、Ssk が違えば表面の「性格」はまったく異なります。DMRのように「凹凸の分布そのもの」で機能を出す技術では、こうした分布形状を表すパラメータの制御が鍵を握ると考えられます。
つまり、「どれだけ滑らかか」から「どういう凹凸をどう分布させるか」へ。加工に求められる管理の次元が一つ増える、ということです。これは、加工技術者にとって新しい腕の見せどころになりえます。
どうやって狙った粗さを作るか、という課題
では、狙った表面粗さ(特にその分布形状)を、どうやって加工で作り込むか。これが実務上の中心課題になります。
一般的には、ブラスト加工(微粒子を吹き付けて表面を荒らす)のような手法が、微細な凹凸を作る方向で使われます。ただし、単に荒らすだけでは凹凸の分布をコントロールするのは難しく、複数の加工を組み合わせて、高さの分布(たとえば前述の Ssk)を目的の方向に寄せていく工夫が必要になります。滑らかにする加工の技術は長年蓄積されてきましたが、「狙った不規則さを作る」加工は、まだ体系化の途上にある領域だと感じています。
筆者自身も、こうした表面粗さの分布制御と、その空力的な効果に関心を持って取り組んでいるところです。具体的な条件や結果については、研究として整理できた段階で改めて紹介できればと思いますが、この記事では「表面粗さを設計する」という発想の面白さを共有できればと考えています。
おわりに:仕上げ加工が機能を生む時代へ
DMRの発見は、単に「空気抵抗が減る新技術」という以上の意味があると思います。それは、加工面の仕上げが、品質管理の対象から、機能を生み出す設計要素へと格上げされる可能性を示しているからです。
滑らかにするだけが仕上げではない。どういう凹凸を、どう分布させるか。そこに機能が宿る。表面加工という枯れて見えた分野に、まだこれだけの余地があるというのは、この仕事に携わる者として素直にわくわくします。
今後、DMRのような「機能性表面」の研究が進めば、加工技術者に求められるものも変わっていくはずです。表面粗さのパラメータを深く理解し、狙った表面を作り込める技術が、これからの武器になるのかもしれません。
本記事は、東北大学流体科学研究所が2026年5月に発表した公開情報(プレスリリース等)をもとに、表面加工の観点から筆者が解説したものです。DMRに関する研究成果の詳細は、東北大学の公式発表をご参照ください。筆者自身の研究に関する具体的なデータは含んでいません。


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