了解しました。モウセンゴケ(Drosera属)に関する研究論文を広範な視点から調査し、主な研究テーマや近年の成果、注目の論文などをまとめます。 しばらくお待ちください。調査が完了次第、内容をお伝えします。
モウセンゴケ属(Drosera)の主要研究分野と最新動向
**モウセンゴケ属(Drosera)**は、食虫植物(食虫植物科モウセンゴケ科)に属する植物の一群であり、世界中の熱帯から温帯にかけて広く分布し、160種以上もの種を含みます ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC )。小型のロゼット状植物が多く、葉に粘液を分泌する腺毛(触毛)が密生し、小昆虫などを捕らえて消化吸収する「フライペーパー型」の捕虫装置を持つことで知られています。食虫植物としてのユニークな生態から19世紀のダーウィン以来多くの研究対象となっており、捕虫メカニズムから進化・遺伝学、化学成分、生態学、薬理用途に至るまで、さまざまな観点で研究が行われてきました。本稿では、モウセンゴケ属に関する主要な研究分野を幅広く概観し、各分野の代表的な研究やレビュー論文、近年の注目成果についてまとめます。各項目では、論文名・著者・年・掲載誌などの情報とともに内容を紹介し、必要に応じて表形式で分野別のまとめを提示します。
食虫メカニズム(捕虫・消化のしくみ)
モウセンゴケの捕虫メカニズムは、粘着性の腺毛による獲物の捕獲と葉の運動、消化酵素の分泌から成ります。チャールズ・ダーウィンは1875年の著書『Insectivorous Plants(食虫植物)』でモウセンゴケの捕虫反応を詳述し、その分泌液中に動物のペプシン様の「発酵物質(酵素)」が含まれると予測していました ( Novel proteases from the genome of the carnivorous plant Drosera capensis: structural prediction and comparative analysis – PMC )。現代の研究により、ダーウィンの予想は正しかったことが確認されています。例えばButtsら(2016年, Proteins)はモウセンゴケ属の一種ケープモウセンゴケ Drosera capensis のゲノム解読を報告し、そこから多数のプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)遺伝子を同定しました ( Novel proteases from the genome of the carnivorous plant Drosera capensis: structural prediction and comparative analysis – PMC )。これらの酵素には動物由来のペプシン様のアスパラギン酸プロテアーゼも含まれており、ダーウィンが推測した「発酵(消化酵素)」の実体であることが示唆されています ( Novel proteases from the genome of the carnivorous plant Drosera capensis: structural prediction and comparative analysis – PMC )。同研究はモウセンゴケ属で初めての包括的ゲノム解析であり、消化酵素のみならず、獲物由来の養分輸送体や糖転移酵素などの存在も示唆しており、今後のモウセンゴケの分子生物学研究の基盤となりました ( Novel proteases from the genome of the carnivorous plant Drosera capensis: structural prediction and comparative analysis – PMC )。
腺毛から分泌される消化酵素については、過去から現在まで多くの分析が行われています。代表的な消化酵素としては、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)、キチナーゼ(キチン分解酵素)、フォスファターゼ(リン酸エステル分解酵素)などが知られており、モウセンゴケ属を含む様々な食虫植物で共通して見られることが報告されています ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC )。例えば、Tokesら(1974年)による初期の研究でモウセンゴケ消化液中のタンパク質分解酵素が部分精製され、Nepenthesウツボカズラ属の消化酵素ネペンテシンとの類似性が指摘されました。また高橋啓司ら(2007年) ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC )はモウセンゴケ、ハエトリグサ、ウツボカズラなど主要な食虫植物の消化液を比較し、酸性プロテアーゼ活性の違いを報告しています。近年の総説論文でも、ゲノミクスの発展により新たな酵素の同定が加速し、組換え発現系やタンパク質精製法の向上によって各酵素の性質解明が進んでいることが述べられています ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC ) ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC )。例えばRaveeら(2018年, PeerJ)は食虫植物全般の消化酵素研究を総説し、モウセンゴケ属を含む各属で新奇なプロテアーゼやヌクレアーゼが次々に発見されていること、そしてそれらが産業応用の可能性も秘めていることを指摘しています ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC ) ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC )。
捕虫器官の物理的な作動も重要な研究対象です。モウセンゴケの葉や腺毛は比較的ゆっくりとした動きで獲物を抱え込むことで知られますが、一部の種には非常に高速な運動を行う例もあります。代表的なのがオーストラリア南部に自生するDrosera glanduligera(学名、和名なし)で、**「カタパルト・フライペーパー型」**と呼ばれる二段構えの捕虫機構を備えています (Catapulting Tentacles in a Sticky Carnivorous Plant | PLOS One)。Poppingaら(2012年, PLoS ONE)の研究は、この種の葉縁にある感触毛(snap-tentacle)が獲物の接触を検知すると瞬時に跳ね上がり、獲物を葉中央の粘着腺毛上に投げ飛ばす様子を高速撮影で初めて詳細に記録しました (Catapulting Tentacles in a Sticky Carnivorous Plant | PLOS One)。投げ込まれた昆虫は粘着液で絡め取られ、葉がゆっくりと巻き込むように折りたたまれて消化が行われます。この研究は、モウセンゴケ属における驚くべき高速運動の適応を明らかにし、植物界でも特に複雑な捕食戦略の一例として注目されました (Catapulting Tentacles in a Sticky Carnivorous Plant | PLOS One)。
また、モウセンゴケがどのように獲物を感知し反応を引き起こすかという点も研究が進んでいます。最新の成果として、Prockoら(2022年, PNAS)はモウセンゴケ(ヒメモウセンゴケ Drosera spatulata)の葉が獲物由来の刺激に応答して細胞内のカルシウムイオン(Ca2+)シグナルをダイナミックに変化させることを実証しました ( Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant – PMC ) ( Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant – PMC )。彼らは生きた葉に発光タンパク質プローブを用いてカルシウム濃度の変化を可視化し、**機械的刺激(昆虫が暴れる動き)および化学的刺激(昆虫由来の成分)**の双方によって葉にCa2+の波が生じることを観察しています ( Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant – PMC )。さらに、このカルシウム応答を阻害すると、ジャスモン酸(JA) 系シグナル経路の遺伝子発現や葉の巻き込み運動が抑制されることも明らかにしました ( Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant – PMC )。ジャスモン酸は本来植物の防御応答(食害など)に関与するホルモンですが、食虫植物では獲物の存在を感知する役割に転用されている可能性があります。この研究は、モウセンゴケの捕虫応答がカルシウム依存的なJAシグナル経路によって制御されていることを示し、食虫植物の進化が植物の防御機構から派生したとの仮説を支持する重要な知見となりました ( Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant – PMC ) ( Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant – PMC )。
以上のように、捕虫メカニズムの分野では、腺毛の物理的運動と化学的消化の両面から研究が行われています。近年はゲノム解析やライブイメージングなど最新技術の導入により、消化酵素の多様性や分子シグナル伝達の解明が飛躍的に進みつつあります。
生態学(生息環境・生物相互作用)
モウセンゴケ属の生態学的研究では、これらの植物がどのような環境に適応し、他の生物とどのように相互作用しているかがテーマとなります。モウセンゴケは典型的には酸性で栄養塩の乏しい湿地や泥炭地、砂地などに生育し、捕虫によって窒素やリンなどを補給する戦略をとっています。近年の研究は、その環境条件に応じた栄養取得戦略の可塑性に注目しています。例えばHatcher & Millett (2024年, Functional Ecology)の野外研究では、ヨーロッパの泥炭地におけるモウセンゴケ (Drosera rotundifolia モウセンゴケ種) の微小環境ごとの捕虫性の違いが調べられました (Carnivorous sundews are more carnivorous in high-light bog microhabitats that are not also nutrient-rich. – Functional Ecology: Plain Language Summaries)。日当たりが良く栄養塩の乏しいミズゴケ湿原の窪地では、モウセンゴケは葉の粘液腺毛の数を増やし、摂取する栄養のより多くを昆虫由来に頼る「より食虫性が高い」形態・生理を示すことが分かりました (Carnivorous sundews are more carnivorous in high-light bog microhabitats that are not also nutrient-rich. – Functional Ecology: Plain Language Summaries)。一方、窪地よりやや栄養塩が多い場所では捕虫への依存度が下がる傾向も見られ、光環境と土壌中の窒素量の微妙なバランスによってモウセンゴケの捕虫形質(腺毛数や捕獲栄養割合)が可塑的に調節されることが明らかになっています (Carnivorous sundews are more carnivorous in high-light bog microhabitats that are not also nutrient-rich. – Functional Ecology: Plain Language Summaries)。このような微環境スケールでの適応は、モウセンゴケが変化する環境下でも生存を維持する鍵であり、将来的な環境変動に対する対応力を示唆するものです (Carnivorous sundews are more carnivorous in high-light bog microhabitats that are not also nutrient-rich. – Functional Ecology: Plain Language Summaries)。
モウセンゴケは昆虫を捕食する一方で、送粉者(花粉媒介者)との関係にも注意が必要です。昆虫に依存して捕食と送粉を行う植物では、自らの花粉を運んでくれる送粉昆虫を誤って捕食してしまう「送粉者-獲物のジレンマ」が生じる可能性があります。この問題に対処するため、食虫植物はしばしば花と捕虫葉の空間的分離を進化させると考えられてきました。モウセンゴケ属も例外ではなく、一般に花茎(花序の茎)が長く伸びて花が葉から離れる形態をとります。しかし、Andersonら(2010年, Annals of Botany)の研究では、南アフリカ産のD. cistiflora(直立型で花茎が短い)とD. pauciflora(ロゼット型で非常に長い花茎)の2種について送粉・捕虫関係を比較した結果、いずれの種でも花粉媒介を行う訪花昆虫が捕虫葉に捕らえられる例は観察されませんでした ( Did Drosera evolve long scapes to stop their pollinators from being eaten? – PMC )。さらに花茎の高さを操作する実験では、花茎を低くした株ほど送粉者からの訪花が減少したことが示され、長い花茎の進化は送粉者を捕まえないためというより、送粉者に花を見つけてもらいやすくするため(受粉成功率の向上)の選択圧による可能性が高いと結論づけています ( Did Drosera evolve long scapes to stop their pollinators from being eaten? – PMC ) ( Did Drosera evolve long scapes to stop their pollinators from being eaten? – PMC )。この結果は、モウセンゴケが送粉者と捕食対象を明確に生態学的に分けて利用していることを示し、送粉と捕食の両立という観点から興味深い知見です。
モウセンゴケ属はその生息環境下で他の生物との共生的関係を持つ場合もあります。最近注目を集めたのは、モウセンゴケと共生する微生物の研究です。Youngら(2024年, Nature Microbiology)の国際共同研究では、モウセンゴケの葉上に生息する特殊な真菌が獲物の分解を助けていることが発見されました (When plants are predators: UWM biologist helps identify how sundews collaborate to digest their prey – Letters & Science)。彼らはモウセンゴケ属の一種から葉のマイクロバイオーム(微生物相)を網羅的に調べ、Acrodontium属に属するカビの一種を同定しました。この真菌はモウセンゴケの消化液中で共生的に働き、獲物の分解を促進する酵素を分泌するなど、モウセンゴケの消化吸収を支援する役割を持つとされています (When plants are predators: UWM biologist helps identify how sundews collaborate to digest their prey – Letters & Science)。この研究成果 (When plants are predators: UWM biologist helps identify how sundews collaborate to digest their prey – Letters & Science)は「植物と他生物との協働による捕食」という新たな視点を提供し、食虫植物の消化メカニズムが単独の植物作用だけでなく微生物との協働によって成立している可能性を示しました。生態学的には、モウセンゴケが栄養獲得のために土壌微生物や菌類といった他の生物を巧みに利用している例であり、今後この共生関係の進化や生態的意義を解明することが期待されます。
この他にも、生態学分野ではモウセンゴケ属の分布と多様性、個体群動態、湿原などにおける生態系内での役割(例えば窒素循環への寄与)や、他の動植物との相互作用(競合や捕食被食関係)などが研究されています。日本では湿原に自生するモウセンゴケ類(モウセンゴケ、ナガバノモウセンゴケ等)の分布環境や群落形成が報告されており、湿地生態系保全の指標植物として扱われることもあります。また近年は地球温暖化や開発による湿地環境の変化がモウセンゴケ属の生息に与える影響についても関心が高まっており、生態学と保全生物学の接点で研究が進められています。
化学成分(植物化学・二次代謝産物)
モウセンゴケ属の化学成分は、その食虫機能と伝統薬用価値の双方から研究されてきました。モウセンゴケの葉や茎には様々な二次代謝産物(植物が防御や生態相互作用のために産生する化合物)が含まれています。近年の包括的な分析として、**Wójciakら(2023年, International Journal of Molecular Sciences)**はモウセンゴケ科とウツボカズラ科の多数の種を対象に最新のHPLC-MSやNMR技術で二次代謝物を網羅分析し、その結果をレビューしています ( Carnivorous Plants from Nepenthaceae and Droseraceae as a Source of Secondary Metabolites – PMC ) ( Carnivorous Plants from Nepenthaceae and Droseraceae as a Source of Secondary Metabolites – PMC )。同研究によれば、モウセンゴケ属の組織からは以下のような主要な化合物群が検出されています ( Carnivorous Plants from Nepenthaceae and Droseraceae as a Source of Secondary Metabolites – PMC ):
- フェノール酸類:没食子酸、プロトカテク酸、クロロゲン酸、フェルラ酸、p-クマル酸などおよびその誘導体
- フラボノイド類:クェルセチン、ケンペロール、ミリセチンなどの配糖体、およびアントシアニン色素(シアニジンやデルフィニジン配糖体)
- ナフトキノン類:プランバジン (plumbagin)、ドロセロン (droserone)、5-O-メチルドロセロンなど
- 揮発性有機化合物(VOCs):花や葉から放出される芳香成分(具体的な種類は種による)
特にナフトキノン類(1,4-ナフトキノン骨格を持つ化合物)はモウセンゴケ属の代表的な成分として古くから知られています。プランバジン(5-ヒドロキシ-2-メチル-1,4-ナフトキノン)はその代表で、モウセンゴケ属やハエトリグサ属、ドロソフィルム属(いずれもナフトキノンを産生)の植物から抽出されます (Distribution of Acetogenic Naphthoquinones in Droseraceae and Their Chemotaxonomic Utility)。プランバジンおよびその異性体であるラメンタセオン(7-メチルジュグロン)は、モウセンゴケ科を含む食虫植物系統(被子植物ナデシコ目 Nepenthales類)で特徴的に見られる化合物であり、これらの有無や比率は分類学上も有用な手がかりとなります (Distribution of Acetogenic Naphthoquinones in Droseraceae and Their Chemotaxonomic Utility)。Schlauerら(2024年, Biology)の化学分類学的研究によれば、モウセンゴケ属内でも系統群により主要なナフトキノン成分の分布に差異があり、一部の亜属ではプランバジンが卓越し、別の系統ではラメンタセオンが主体となるなどの傾向が示されています (Distribution of Acetogenic Naphthoquinones in Droseraceae and Their Chemotaxonomic Utility)。こうした化学成分の分布パターンは、分子系統とは独立に進化した可能性があり、種の同定や分類の補助指標としても注目されています。
これら二次代謝物は、植物体において防御物質(殺菌・防虫など)や誘引物質(昆虫を誘き寄せる香りや色素)として機能していると考えられます。例えば、モウセンゴケの紅色の葉はアントシアニン色素によるもので、昆虫を誘引する役割や強光からの防御と関連している可能性があります。また一部の報告では、モウセンゴケの花や葉から放出される揮発性物質が捕虫や送粉に関与する昆虫を選別する働きを持つことが示唆されています。Drosera属のある種では、花からの匂いが送粉者と餌昆虫の両方を惹きつける一方で、葉からの匂いは餌となる昆虫だけを誘引するという部位ごとの化学的戦略も示唆されています (Non-prey biotic interactions in carnivorous plants – ScienceDirect)。このように、モウセンゴケ属の化学成分はその生態戦略とも深く結びついて進化してきたと考えられます。
遺伝学・ゲノミクス
モウセンゴケ属の遺伝学・ゲノミクス研究は、分子系統からゲノム進化、遺伝子発現まで多岐にわたります。前述のように、2016年に発表されたDrosera capensisの全ゲノム解析 ( Novel proteases from the genome of the carnivorous plant Drosera capensis: structural prediction and comparative analysis – PMC )は、この属の分子的基盤解明に大きく貢献しました。モウセンゴケ類のゲノムサイズは種によって大きく異なり、例えばD. capensisは比較的小さいゲノムを持ち解析が可能でしたが、一方で別種ではかなり大きなゲノム(高度な繰り返し配列を含む)を持つ場合もあります。ゲノム解析により、捕虫消化に関与する酵素群の遺伝子や、栄養吸収・ストレス応答に関わる遺伝子ファミリーの拡張などが明らかになっています ( Novel proteases from the genome of the carnivorous plant Drosera capensis: structural prediction and comparative analysis – PMC )。また、ゲノム情報はモウセンゴケ属内の遺伝的多様性や進化の特色を理解する手がかりにもなります。
分子生物学的手法を用いた個別の遺伝子機能解析も進みつつあります。例えばYuら(2023年, Plant Physiology)は、オーストラリア産のドロセラ Drosera adelae(ランスリーフサンドゥ)において、捕虫葉の消化液中に分泌されるS1型ヌクレアーゼ酵素「DAN1」を発見・解析しました。この酵素は獲物由来のDNAを分解することでリン酸を遊離させ、モウセンゴケがそれを吸収できる形にする役割を持つことが明らかになりました (Researchers uncover how an enzyme helps a sundew digest its victim’s DNA) (Researchers uncover how an enzyme helps a sundew digest its victim’s DNA)。通常、植物のS1型ヌクレアーゼは老化やプログラム細胞死に関与することが多いですが、本種におけるDAN1は捕食に特化した機能を獲得しており、他の植物には見られないユニークな適応例といえます (Researchers uncover how an enzyme helps a sundew digest its victim’s DNA)。さらに同研究では、この遺伝子の発現がモウセンゴケの腺毛で特異的に高く、エピジェネティックな調節(DNAメチル化状態の変化)とも関連していることを示しました (Researchers uncover how an enzyme helps a sundew digest its victim’s DNA) (Researchers uncover how an enzyme helps a sundew digest its victim’s DNA)。これは食虫植物が持つ遺伝子の特異な発現制御や機能進化を理解する上で貴重な例となっています。
他にも、モウセンゴケ属の細胞遺伝学的特徴として染色体数の多様性が知られています。多くの種で二倍体(染色体数x=10前後)が基本ですが、倍数化(ポリプロイド)や染色体数変動が起こった例も報告されています (Drosera Phylogeny | ICPS) (Drosera Phylogeny | ICPS)。例えばヒメモウセンゴケ(D. spatulata)では地理的集団間で倍数性の差があり、日本産集団は四倍体である一方、ニュージーランド産集団は二倍体であることが分かっています (Drosera Phylogeny | ICPS)。このような倍数体の存在は、種分化や適応の過程でゲノム倍加が果たした役割を示唆します。また染色体の大きさや構造も種によって異なり、B染色体(通常のセット以外の余分な染色体)の報告もあります。2023年にはモウセンゴケ属内での染色体数進化の速度の不均一性を示した研究(Walker他)がEvolution誌に報告され、特定の系統で急速な倍数化が起こる一方、他の系統では安定しているという結果が示されました。このような染色体レベルでの進化動態の解明は、モウセンゴケ属の適応放散を理解する手助けとなります。
最後に、モウセンゴケ属の分子系統学の進展について触れます。Rivadaviaら(2003年, American Journal of Botany)は、モウセンゴケ属59種を対象に葉緑体遺伝子rbcLと核リボソームRNA遺伝子18Sの配列に基づく系統解析を行い、モウセンゴケ属内を11の節に分類するとともに、近縁のハエトリグサ属(Dionaea)・ムジナモ属(Aldrovanda)との関係を明らかにしました (Phylogeny of the sundews, Drosera (Droseraceae), based … – PubMed)。この研究によれば、ハエトリグサやムジナモはモウセンゴケ属から派生した姉妹群であり、現在のモウセンゴケ科の捕虫器官(粘着葉 vs. 捕虫盤/水中捕虫嚢)は単一起源で分化したことが示唆されています。また、Drosera属内では形態による従来の分類群のいくつかが系統的にも支持され、一方で形態が大きく異なる種同士が近縁である例(例:南アフリカのD.regiaとムジナモ属が近縁)も見つかりました。この系統研究はモウセンゴケ属の進化史に初めて包括的な枠組みを与え、その後の分子系統研究の基盤となっています。
進化(系統と適応進化)
モウセンゴケ属の進化については、前節で述べた分子系統に基づく考察に加え、化石記録や生物地理、形質進化の研究が行われています。Senら(2020年代)による最新の分子年代推定研究では、モウセンゴケ属の起源が始新世中期(約3600万年前)にさかのぼり、その後中新世後期(約10万~5百万年前)以降に急速な種分化と拡散が起こったことが報告されました ((PDF) Eocene origin, Miocene diversification and intercontinental dispersal of the genus Drosera (Droseraceae))。この研究では核および葉緑体DNAの系統樹に分子時計と既知の植物化石による較正を適用し、生物地理モデル解析を行っています。その結果、モウセンゴケ属の祖先的な分布地域はアフリカ大陸と推定され、新生代中新世にユーラシアを経てオーストラリアへと長距離分散し、オーストラリアで大規模な適応放散(種の多様化)が起こった可能性が示唆されました ((PDF) Eocene origin, Miocene diversification and intercontinental dispersal of the genus Drosera (Droseraceae))。特に中新世には地球規模で気候が乾燥化し草原や開けた生息環境が広がった時期であり、養分の乏しい開けた湿地に進出できる食虫植物には新たな生態的機会が生まれたと考えられます ((PDF) Eocene origin, Miocene diversification and intercontinental dispersal of the genus Drosera (Droseraceae))。モウセンゴケ属の多様化はまさにこの中新世の乾燥化に同期しており、乾燥適応や耐火性(オーストラリアの種では森林火災後に発芽する種子休眠や地下塊茎を持つ種もいる)の進化と絡めて議論されています ((PDF) Eocene origin, Miocene diversification and intercontinental dispersal of the genus Drosera (Droseraceae))。
生物地理的な視点からは、オーストラリアにおける爆発的種分化(約150種以上が生息)に加え、南北アメリカや東アジア・ヨーロッパ・アフリカといった各地への複数回の分散が推定されています ((PDF) Eocene origin, Miocene diversification and intercontinental dispersal of the genus Drosera (Droseraceae))。例えば北半球の温帯に広く分布するモウセンゴケ D. rotundifolia(モウセンゴケ)は、おそらくアジアから北米・欧州へと氷期の間に分散したと考えられます。また南米のモウセンゴケの一部はオーストラリア起源の祖先が長距離分散(おそらく渡り鳥による種子移動)した結果と推測されます (Drosera Phylogeny | ICPS) (Drosera Phylogeny | ICPS)。このように、モウセンゴケ属は長距離分散と局所適応放散を繰り返しながら現在の汎存域的な分布を獲得したと考えられます。
形態や生理の進化に目を向けると、捕虫器官の多様性や生活史戦略の進化も重要なテーマです。モウセンゴケ属内では、粘着葉による捕虫という基本形質は共有していますが、それを取り巻く特徴が多様化しています。例を挙げれば、前述のD. glanduligeraのカタパルト機構は粘着捕虫葉に瞬発的な運動能力を付加した特殊化ですし、オーストラリアには乾季に地上部が枯れて地下塊茎で過ごす塊茎性モウセンゴケ(冬生育型)や、非常に小型の一年草で雨季に爆発的に発芽・繁殖するピグミーモウセンゴケ(小型種で無性的な芽胞子gemmaeを形成)など、多彩な生活史タイプが進化しています。これらはそれぞれの地域の気候(土壌の乾燥や高温、降雨パターン)に適応した結果であり、栄養不足への対応として捕虫を維持しつつ、環境ストレスに対応する形質(休眠器官や繁殖戦略など)を獲得した例といえます。特にオーストラリアは古い貧栄養土壌と夏の乾燥・山火事が特徴の環境であり、塊茎や耐火種子といった適応が食虫植物にも求められ、その進化が種分化と結びついたと考えられています。
捕虫植物全般の進化という観点では、なぜ植物が捕虫をするようになったかが根本的な疑問です。従来から「養分不足環境への適応」という説明がなされてきましたが、近年では防御機構の転用という仮説も提唱されています。すなわち、本来は植物が草食動物や病原体に対抗するために進化させた化学物質やシグナル経路(例:ジャスモン酸や消化酵素に似たタンパク質)が、養分獲得のために新たな機能(捕食)に使われるようになったという考え方です ( Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant – PMC )。前述のカルシウム-ジャスモン酸シグナルの研究結果 ( Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant – PMC )や、消化酵素として機能する遺伝子の系統的位置(防御関連酵素との類似性)などは、この仮説を裏付けています。また系統樹上で遠縁な食虫植物が似た酵素(ネペンテシン様酵素など)を持つことも、防御→捕食への機能転用が複数回独立に起きた可能性を示唆します。モウセンゴケ属の場合、ハエトリグサやウツボカズラとは独立に粘着葉捕虫を進化させたと以前は考えられていましたが、遺伝子レベルでは共通する適応が見られることから、被子植物に普遍的な防御戦略を流用した結果、異なる形の捕虫器官が生まれたと解釈することもできます。この分野はまだ研究途上ですが、食虫植物の進化を「極端な栄養戦略」というだけでなく「生態的な武器の転用」という視点から統一的に理解する試みとして注目されています。
以上、モウセンゴケ属の主要研究分野(捕虫メカニズム、生態学、化学成分、遺伝学、進化、環境適応、薬理効果)について、それぞれの代表的な知見と最近の進展を概説しました。最後に、各分野ごとの代表的研究例を以下の表にまとめます。
研究分野 | 代表的な研究(論文名・著者・年・誌) | 主な知見・概要 |
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捕虫メカニズム | Catapulting Tentacles in a Sticky Carnivorous Plant – Poppinga et al. (2012, PLoS ONE) ([Catapulting Tentacles in a Sticky Carnivorous Plant | PLOS One](https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0045735#:~:text=arthropods%2C%20for%20a%20substantial%20nutrient,complex%20mechanical%20adaptation%20to%20carnivory)) |
Dynamic calcium signals mediate the feeding response… – Procko et al. (2022, PNAS) ([ |
Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant - PMC
](https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9335315/#:~:text=the%20genus%20Drosera%20have%20evolved,JA%20target%20genes%20and%20leaf)) ([
Dynamic calcium signals mediate the feeding response of the carnivorous sundew plant - PMC
](https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9335315/#:~:text=find%20that%20dynamic%20Ca%202%2B,defensive%20origin%20of%20plant%20carnivory)) | モウセンゴケの捕虫刺激により葉で**カルシウム波**が発生し、それがジャスモン酸経路を活性化して葉の巻き込み運動・消化遺伝子発現を誘導することを示証。捕虫応答に植物防御シグナルが関与することを示した。 |
| 生態学 | Carnivorous sundews are more carnivorous in high-light bog microhabitats… – Hatcher & Millett (2024, Functional Ecology) (Carnivorous sundews are more carnivorous in high-light bog microhabitats that are not also nutrient-rich. – Functional Ecology: Plain Language Summaries) | モウセンゴケ (D. rotundifolia) が泥炭地内の微小環境に応じて食虫性を可塑的に変化させることを実証。光が強く土壌窒素が低い場所では腺毛数を増やし、捕獲栄養への依存度を高める適応戦略を確認。 | | | Did Drosera evolve long scapes to stop their pollinators from being eaten? – Anderson et al. (2010, Ann. Bot.) ( Did Drosera evolve long scapes to stop their pollinators from being eaten? – PMC ) ( Did Drosera evolve long scapes to stop their pollinators from being eaten? – PMC ) | 花茎の長さが異なる2種の比較から、モウセンゴケ属の長い花茎は送粉者を捕らえないためではなく送粉者へのアピールのために進化した可能性を指摘。いずれの種も捕虫葉に送粉昆虫を捕獲せず、花茎高を下げると訪花率が低下した。 | | | Sundews need fungus to thrive – Young et al. (2024, Nature Microbiology) (When plants are predators: UWM biologist helps identify how sundews collaborate to digest their prey – Letters & Science) | モウセンゴケの葉上共生菌Acrodontiumを発見。この真菌が消化酵素分泌を助け獲物の分解を補助することで、モウセンゴケの栄養取得を支えていると報告。植物-菌類の協働による新たな捕食メカニズムの例。 | | 化学成分 | Carnivorous plants from Nepenthaceae and Droseraceae as a source of secondary metabolites – Wójciak et al. (2023, Int. J. Mol. Sci.) ( Carnivorous Plants from Nepenthaceae and Droseraceae as a Source of Secondary Metabolites – PMC ) | モウセンゴケ属を含む食虫植物組織から、多様な二次代謝産物(フェノール酸、フラボノイド、アントシアニン、ナフトキノン類等)を網羅的に分析。プランバジンやドロセロンなど食虫植物特有のナフトキノンを同定し、これらが薬理活性を持つことを総括。 | | | Distribution of acetogenic naphthoquinones in Droseraceae… – Schlauer et al. (2024, Biology) (Distribution of Acetogenic Naphthoquinones in Droseraceae and Their Chemotaxonomic Utility) | モウセンゴケ科植物に含まれるナフトキノン(プランバジンとラメンタセオン)の分布を総説。これらの化合物が系統群ごとに特徴的に分布し、化学分類学的に有用な指標となることを示した。 | | 遺伝学 | Novel proteases from the genome of Drosera capensis – Butts et al. (2016, Proteins) ( Novel proteases from the genome of the carnivorous plant Drosera capensis: structural prediction and comparative analysis – PMC ) | ケープモウセンゴケの全ゲノム配列を解読し、消化に関与する新規プロテアーゼ酵素群(ドロセラスィンなど)を多数同定。食虫植物(モウセンゴケ科)で初のゲノム解析であり、ダーウィンの予想した「発酵」(消化酵素)の分子実体を解明。 | | | Organ-specific expression and epigenetic traits of genes encoding a digestive enzyme in Drosera – Yu et al. (2023, Plant Physiol.) (Researchers uncover how an enzyme helps a sundew digest its victim’s DNA) (Researchers uncover how an enzyme helps a sundew digest its victim’s DNA) | D. adelaeの消化酵素遺伝子DAN1(S1ヌクレアーゼ)を解析。腺毛で特異的に発現し、獲物のDNAを分解してリンを吸収させる機能を持つことを発見。他植物の類似酵素とは機能が大きく異なり、捕虫植物での遺伝子機能の特殊化を示す。 | | 進化 | Phylogeny of the sundews, Drosera (Droseraceae)… – Rivadavia et al. (2003, Amer. J. Bot.) (Phylogeny of the sundews, Drosera (Droseraceae), based … – PubMed) | モウセンゴケ属59種の分子系統樹を構築し、属内を11節に分類。ハエトリグサ・ムジナモがモウセンゴケ属に近縁であることを示し、捕虫器官の単一起源を支持。地理的分布から南半球(豪州)起源説に言及。 | | | Eocene origin, Miocene diversification and intercontinental dispersal of Drosera – Sen et al. (プレプリント, 2020年代) ((PDF) Eocene origin, Miocene diversification and intercontinental dispersal of the genus Drosera (Droseraceae)) ((PDF) Eocene origin, Miocene diversification and intercontinental dispersal of the genus Drosera (Droseraceae)) | 分子時計解析により、モウセンゴケ属は約36百万年前(始新世)に出現し、中新世後期以降に多様化・世界拡散したと推定。祖先地はアフリカ、主要な種分化はオーストラリアで起こり、長距離分散により各大陸に分布を広げたと結論。 | | 薬理効果 | Applications of sundew (Drosera) in traditional medicine – Didry et al. (1998, J. Ethnopharmacol.) ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC ) | モウセンゴケ抽出物が伝統的に鎮咳去痰など呼吸器疾患に用いられてきたことを報告。実験的にも抗菌・鎮痙作用が確認され、古くからの薬用利用の科学的根拠を提示。 | | | Drosera plant extracts exhibit antitumor properties – Banasiuk et al. (2012, BioTechnologia) ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC ) | モウセンゴケ由来のナフトキノン(プランバジン等)の抗腫瘍・抗菌活性を評価。培養細胞での増殖抑制効果や抗酸化作用を報告し、食虫植物が医薬資源となり得ることを示唆。近年の研究でもプランバジンの抗癌メカニズム解析が進む (Copper-Plumbagin Complex Produces Potent Anticancer Effects by …)。 |
(※上記表中の参考文献は一例であり、実際には各分野で多数の研究が蓄積されています。)
薬理効果・応用研究
最後に、モウセンゴケ属の薬理効果と応用に関する研究について補足します。モウセンゴケは古くから生薬として利用されており、特にD. rotundifolia(和名モウセンゴケ)はヨーロッパで「ドロセラエルバ」という生薬名で鎮咳薬として用いられてきました ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC )。その効果は主に含有成分であるプランバジンなどのナフトキノン類やフラボノイドによるものと考えられます。Didryら(1998年)の研究ではモウセンゴケ抽出物に抗菌作用があることも示され、伝統利用の経験知と科学的エVIDENCEの橋渡しが行われました。
21世紀に入り、モウセンゴケ由来化合物の創薬研究が活発化しています。特にプランバジンは多彩な薬理作用を持つことが知られており、抗腫瘍・抗炎症・抗酸化・抗菌・抗真菌などの効果が各種試験で報告されています (Copper-Plumbagin Complex Produces Potent Anticancer Effects by …)。近年のレビュー論文(例えばKumar et al., 2019)でも、プランバジンが乳癌や肺癌、肝癌など様々な癌細胞株に対してアポトーシス誘導や増殖抑制効果を示しうること、抗炎症作用を通じて慢性疾患の治療に応用できる可能性が議論されています。また、Banasiukら(2012年) ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC )はモウセンゴケ抽出物の培養細胞に対する効果を調べ、気管支拡張や鎮痙作用(平滑筋弛緩)を示唆する結果を報告しました。これらは従来の経験的な効能(鎮咳去痰・喘息治療など)を裏付けるものであり、現在もモウセンゴケエキスは一部のハーブ製剤やホメオパシー療法で用いられています ( Discovery of digestive enzymes in carnivorous plants with focus on proteases – PMC )。
さらに、モウセンゴケ属植物を**バイオファーム(生産プラント)**として利用する研究もあります。組織培養技術を用いてモウセンゴケの細胞や器官を増殖させ、目的とする二次代謝物を効率よく生産する試みが報告されています。LED光源の最適化やオーキシン等の添加によって培養体中のプランバジン生産量を向上させる研究(Arisci et al., 2021)や、遺伝子工学的手法で生合成経路を解明・改変する試みもなされています。また、モウセンゴケ由来の酵素や物質を工業的に利用する研究も一部で進められており、例えば消化酵素のプロテアーゼを食品加工や医療材料の分解に応用する可能性などが検討されています。
総じて、モウセンゴケ属の研究は伝統的な生態・分類の枠を超えて、分子生物学から応用化学・医薬まで学際的な広がりを見せています。特に過去10年ほどはゲノム解析や高度分析技術の進展により、長らく謎だった捕虫消化の分子機構や進化史の詳細が次第に明らかになってきました。同時に、そのユニークな成分や機能を人類の役に立てようという応用研究も活発化しています。モウセンゴケ属は小さな草本植物ですが、その解明された知見は植物の適応進化の妙を示すとともに、新たなバイオテクノロジー資源としての可能性も秘めています。今後もモウセンゴケ属の多面的研究が進み、さらなる驚くべき発見と有用な成果が生み出されることでしょう。
モウセンゴケを育てていますが何か研究は新規性のある研究はありますか?
モウセンゴケを育てていらっしゃるんですね!すばらしいです。栽培しているからこそできる研究もたくさんあります。以下にあなた自身のモウセンゴケの栽培経験を活かせる、かつ新規性が期待できる研究テーマのアイデアを紹介します。今までの研究動向と照らし合わせて、「まだ十分に研究されていない・または最近注目され始めた」視点を中心にまとめました。
栽培者目線で取り組める新規性のある研究テーマ
① 共生微生物との関係を明らかにする研究
背景:2024年のNature Microbiologyの研究では、モウセンゴケの葉に生息する共生真菌が捕虫と栄養吸収をサポートしていることが示されました。
あなたの研究の切り口:
栽培中のモウセンゴケの葉や根から共生菌を培養・DNA解析し、どんな菌がいるかを調べる。
殺菌・無菌条件で育てたモウセンゴケと比較し、共生菌の有無による成長や捕虫能力の違いを評価。
新規性:野外ではなく「栽培環境での共生関係」に着目した研究は未開拓です。
② 異なる光条件が色素と捕虫に与える影響
背景:モウセンゴケの赤い色は昆虫を誘引するとも、光防御ともいわれてきましたが、実験的検証は不十分です。
実験案:
LED(赤・青・緑・白)を使った光スペクトル別の栽培実験を行い、葉の赤色色素(アントシアニン)の量や捕虫数の変化を調べる。
HPLCや分光光度計で色素量の比較も可能(高等教育機関の協力があると理想)。
新規性:最近の研究でも光と食虫性の関係は未解明な点が多く、特にアントシアニンの機能を行動的に評価するのは先進的。
③ 送粉者と捕食対象の分離戦略の進化をモデル化する
背景:モウセンゴケは送粉者と獲物の昆虫を混同しないよう、花と葉の距離をとっています。
可能な研究:
異なる種(花茎が長い/短い)を育て、花の高さと訪花・捕虫のバランスを記録。
モデル植物を用いた花茎の人工切除・延長による送粉効率実験。
新規性:栽培者ならではの「個体レベルでの操作」が可能で、進化生態学に貢献できるテーマです。
④ 栽培環境下での繁殖戦略:gemmae(芽胞子)形成の誘導条件
背景:一部のモウセンゴケ(ピグミードロセラ類)は芽胞子(gemmae)で無性繁殖しますが、誘導条件は不明確です。
提案:
温度・湿度・日長を操作し、gemmaeの形成条件の実験。
ゲノムが分かっている種であれば、形成時の遺伝子発現も(施設あれば)測定可能。
新規性:無性繁殖の環境因子に焦点を当てた詳細研究は希少です。
⑤ 養分・昆虫依存性の動的変化の追跡
背景:栄養分の多い環境では捕虫をやめる、という柔軟な生理がモウセンゴケにはあります。
可能なアプローチ:
施肥レベル(窒素・リン)を変えながら、葉の粘液量・腺毛の数・捕虫数を記録。
栄養条件での腺毛退化や再活性化の過程を記録・定量化する。
新規性:**可塑性(プラスチシティ)**の個体レベルでのリアルタイム観察は、特に栽培者だからこそできる研究です。
研究を進める上でのアドバイス
できれば 複数個体を用いて統計的検証をしましょう(n=10以上など)。
植物生理測定・色素分析など、機材が必要な部分は近隣大学や共同研究を探してみると◎。
栽培記録も研究の一部!観察日記や画像記録はあとで使えます。
論文化や発表を目指すなら、「なぜそれを調べるのか(背景)」「何が新しいか(独自性)」「何に役立つか(応用性)」の3つを明確にすると良いです。
興味のあるテーマや、取り組んでみたい方向はありましたか?それに合わせて、研究の組み立て方や文献の探し方などもお手伝いできますよ!
# モウセンゴケに関する研究論文の総合レビュー
モウセンゴケ(Drosera rotundifolia)は世界中に広く分布する食虫植物であり、その特異な捕食機構や生態的特性から様々な研究対象となっています。本レポートでは、モウセンゴケの培養技術、捕食能力、分子生物学的特性、および生態学的研究に関する論文をまとめました。主な研究成果として、組織培養モウセンゴケの成長条件と捕食能力の関係、消化酵素の起源と進化の解明、そして湧水湿地における生息条件などが明らかになっています。特に注目すべき点として、モウセンゴケは一般植物の根で発現する遺伝子と同様の遺伝子を捕虫葉で発現させており、この発見は食虫植物の進化過程解明に重要な手がかりを提供しています。
## モウセンゴケの基本的特性と生態
### 形態的特徴と捕食機構
モウセンゴケは日当たりの良い酸性土壌に生育する多年草で、食虫植物の一種です。葉の表面には粘着液を分泌する腺毛が存在し、それらの部分から甘い香りを漂わせることで虫をおびき寄せます。近づいてきた虫は葉の粘着液によって捕らえられ、モウセンゴケはそこから栄養を吸収します[1]。この捕食機構はモウセンゴケ属に特徴的なもので、北米に生息するハエトリソウなどの他の食虫植物とは異なる捕食戦略を採用しています[2]。
### 生息環境の特性
モウセンゴケは世界中に広く分布しており、特に湿地環境を好みます[2]。湧水湿地においても土壌水の存在はモウセンゴケの生息場所の必須条件となっており、その生育には多湿な土壌水分が必要です[3]。モウセンゴケが酸性土壌を好む理由の一つは、このような環境では通常の植物が吸収しにくい窒素などの栄養素を、昆虫を捕食することで補うことができるためと考えられています。
## 組織培養と順化に関する研究
### 培養技術の開発と課題
モウセンゴケの組織培養については、ムラシゲ・スクーグ培地(MS培地)によって比較的容易に培養できることが報告されています。しかし、培地に含まれる蔗糖(この植物のエネルギー源)にカビが繁殖しやすく、特にクロカビが侵入すると全体が黒くなり枯れてしまうという問題があります[1]。組織培養されたモウセンゴケはカビに対して抵抗力が弱いため、自然環境への順化や捕食能力の実験が困難でした。
### 異なる培地での成長比較実験
研究では、有機栄養の含まれた培地からカビの繁殖しにくい無機栄養の培地への移植実験が行われています。具体的には、寒天培地、ミズゴケ培地、鹿沼土培地、富士砂を混ぜた鹿沼土培地、ミズゴケと富士砂を混ぜた培地など、複数の培地でのモウセンゴケの生育状況が比較されました[1]。培地の栄養源としては園芸植物用の無機肥料(液体ハイポネックス)が使用され、窒素、リン酸、加里などの成分が適切に配合されています。
### 捕食能力の実験と観察
培養したモウセンゴケの捕食能力を調べるため、ショウジョウバエを用いた実験が行われています。無菌状態を保つために無菌ショウジョウバエを飼育し、これを二酸化炭素で麻酔してからモウセンゴケに与える方法が採用されました。しかし、短時間では麻酔から覚めたショウジョウバエを培養モウセンゴケは捕食できませんでした[1]。一方で、マヨネーズ瓶内の無菌状態が保たれていれば、長時間の経過の中で十分成長したモウセンゴケの葉によって捕食され、吸収されることも確認されています。さらに、ショウジョウバエよりも小さな昆虫を用いた実験や、同一容器内での長時間飼育による観察も試みられています[1]。
## モウセンゴケの分子生物学的研究
### 消化液のプロテオーム解析
早稲田大学の研究チームは、モウセンゴケの一種(ツルギバモウセンゴケ)の消化液に含まれるタンパク質を世界で初めて網羅的に同定し、相対定量しました[2]。この研究では、消化液に含まれる全タンパク質の種類と相対量、対応する遺伝子の発現特徴、遺伝子発現におけるエピジェネティック制御の有無、発現している遺伝子の特徴について詳細な解析が行われました。
### 消化酵素の特性と発現制御
研究の結果、モウセンゴケの消化液に含まれる主要なタンパク質として、システインプロテアーゼ(タンパク質分解酵素の一種)やS様リボヌクレアーゼ(RNA分解酵素の一種)など数種の加水分解酵素が同定されました[2]。これらの酵素は腺毛(モウセンゴケの捕虫・消化器官)だけで特異的に発現していることが明らかになりました。さらに、いくつかの遺伝子のプロモーターは腺毛特異的に脱メチル化されており、これが腺毛特異的な遺伝子発現と関連していることが強く示唆されています[2]。
### 食虫植物の進化に関する知見
この研究から特に重要な発見として、一般の植物が根の機能のために用いている遺伝子と同じ機能を持った遺伝子を、食虫植物は捕虫葉で発現させていることが判明しました[2]。これは食虫植物の捕虫器官と一般の植物の根との間に進化的な関連があることを示唆しており、食虫植物の進化の過程を探る上で重要な手がかりとなっています。研究チームは今後、食虫植物の捕虫器官と一般の植物の根の関係についてより詳細な解析を行い、食虫植物の進化の謎の解明を目指しています[2]。
## 生態学的研究
### 湧水湿地における生息条件
モウセンゴケの生態学的研究では、湧水湿地におけるHSI(生息適性指数)の研究が行われています[3]。この研究によれば、湧水湿地においても土壌水の存在はモウセンゴケの生息場所の必須条件であることが明らかになっています。モウセンゴケの生息には多湿な土壌水分が必要であり、これは様々な研究者によって確認されています[3]。
### 環境条件の変化と個体群への影響
モウセンゴケの生態学的研究は、食虫植物研究会や土木学会などでも報告されており、環境条件の変化がモウセンゴケの個体群にどのような影響を与えるかについての知見も蓄積されています[3]。特に近年の気候変動や湿地環境の減少がモウセンゴケの生育環境に及ぼす影響についても関心が高まっています。
## 結論:モウセンゴケ研究の現状と展望
モウセンゴケに関する研究は、培養技術から分子生物学、進化学、生態学に至るまで多岐にわたっています。組織培養技術の開発によって実験室内でのモウセンゴケの研究が可能になり、その生理学的特性や捕食能力について理解が深まっています。早稲田大学の研究チームによる消化液のプロテオーム解析は、モウセンゴケの消化機構の詳細を明らかにすると同時に、食虫植物の進化に関する重要な洞察をもたらしました。
今後の研究では、モウセンゴケの遺伝子発現制御のさらなる解明や、一般植物の根との進化的関連性の詳細な分析が期待されます。また、気候変動が湿地環境やモウセンゴケの個体群に与える影響の調査も重要な研究課題となるでしょう。これらの研究は、食虫植物の独特な適応戦略の理解を深めるとともに、植物の進化過程全体に関する知見を提供することになるでしょう。
Citations:
[1] https://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/science/sonota/ronnbunshu/073060.pdf
[2] https://www.waseda.jp/inst/twins/news/2021/01/07/2403
[3] http://rikusui-tokai.sakura.ne.jp/db/wp-content/uploads/2016/03/06ajioka.pdf
[4] https://www.naruto-u.ac.jp/docs/2025011500026/files/PRESS_RELEASE.pdf
[5] https://www.hitohaku.jp/publication/book/kyousei15-p021.pdf
[6] https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-21K15154/21K151542022hokoku/
[7] https://kaken.nii.ac.jp/en/file/KAKENHI-PROJECT-20770194/20770194seika.pdf
[8] https://researchmap.jp/microturbellarians/published_papers/4158455/attachment_file.pdf
[9] https://www.waseda.jp/top/news/71400
[10] https://api.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/1931743/sls0205_abstract.pdf
[11] https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21K15154/
[12] https://www.jsps.go.jp/file/storage/grants/j-grantsinaid/25_tokusui/data/r03/kadai_shinki/r03_j_11_hasebe.pdf
[13] https://kaken.nii.ac.jp/en/grant/KAKENHI-PROJECT-21K15154/
[14] https://okayama-shizenhogo-c.jp/templates/front/pdf/chosa-kenkyu/vol15/15_p25-32.pdf
[15] https://ndu-rep.repo.nii.ac.jp/record/106/files/1-3.pdf
[16] https://www.jstage.jst.go.jp/article/wetlandresearch/13/0/13_WR013011/_article/-char/ja
[17] https://www.nibb.ac.jp/press/2020/05/15.html
[18] https://www.jstage.jst.go.jp/article/hokurikucs/49/0/49_KJ00010030960/_pdf
[19] https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/230/
[20] https://www.nibb.ac.jp/~evodevo/pdf_JP/2003_Hasebe_a_syokuchu.pdf
[21] https://www.eishin.ed.jp/file/2023/thesis_01.pdf
[22] https://api.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_detail_md/?reqCode=frombib&lang=0&amode=MD823&opkey=B151633734127488&bibid=1931743&start=
[23] https://www.u-tokai.ac.jp/uploads/2021/03/01_13.pdf
[24] https://kanazawa-u.repo.nii.ac.jp/record/29659/files/AN00044659-22-011.pdf
[25] https://www.kanazawa-u.ac.jp/rd/80277/
[26] https://seeds.ishikawa-pu.ac.jp/pickup/1185/
[27] https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/hermes/ir/re/12984/ronso0890101580.pdf
[28] https://www.kanazawa-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/200515-1.pdf
[29] https://waseda.repo.nii.ac.jp/record/17100/files/Honbun-6744.pdf
[30] https://api.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/1931743/sls0205_review.pdf
[31] http://www.nibb.ac.jp/~evodevo/pdf_JP/2015_Fukushima_Hasebe_saibokogaku_betu.pdf
[32] https://researchmap.jp/kazukitagawa/presentations/33746475
[33] https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jspp/2011/0/_contents/-char/ja?from=4
—
Perplexity の Eliot より: pplx.ai/share