承知しました。直近5年間に発表されたGaN(ガリウムナイトライド)半導体に関する論文を調査し、主要な研究テーマや応用分野(パワーデバイス、RF、高周波、LED など)ごとに整理してご紹介します。
調査結果がまとまり次第、ご報告いたします。
GaN半導体(2020~2025年)の主要研究動向と論文まとめ
パワーデバイス分野(高耐圧・パワーエレクトロニクス)
GaNは高い絶縁破壊電界・高電子移動度を持ち、電力変換用半導体としてSiやSiCを凌駕する特性を示します。2020年代には電気自動車(EV)や再生可能エネルギー向けにGaNパワーデバイス技術が急速に進展しました。以下に主要論文と研究をまとめ、その概要・焦点と種類(レビュー論文/応用研究/基礎研究)を示します。
論文(発表年)/出典 | 概要・研究の焦点 | 種別 |
---|---|---|
Islamら (Crystals 2022) | GaNベースHEMTパワーデバイスの総合レビュー。GaN市場動向や主要応用を概観し、他半導体との比較、ノーマリオフ技術(MISHEMTやp-GaNゲート)や信頼性課題にも踏み込む。特にドレインラグ・ゲートラグ・電流閉塞などトラップ起因の信頼性問題と高耐圧化への課題を詳述。EVや充電器、データセンターへの高効率電力変換へのGaN適用可能性を示した。 | レビュー |
Guptaら (PSS A 2022) | 垂直GaNおよびGa₂O₃パワートランジスタの包括的レビュー。中電圧(600~1700V)領域では高い性能指数を持つ垂直GaNが有望で、超高圧(>1700V)では超ワイドバンドギャップのGa₂O₃が次世代候補であると指摘。主要な垂直構造デバイス(Trench MOSFET、CAVET、FinFETなど)を網羅し、その特徴・利点・残る課題を整理している。高耐圧化に向け材料・プロセス面の展望も論じた。 | レビュー |
Transphorm社 (ISPSD 2022発表) | 応用研究の例: 初の1200V耐圧GaNパワーHEMTを開発し、SiC MOSFET級の性能を達成した成果。ARPA-E支援の下、縦型構造により1200Vで99%以上のスイッチング効率を達成。オン抵抗70 mΩ、ブレークダウン電圧は1400V超を確認。EV駆動や産業電源システムへの応用を念頭に、GaNの1200Vクラスへのブレークスルーとして報告されています。実用化に向け信頼性評価も進め、GaNがSiCに匹敵する超高耐圧領域へ踏み出した重要な節目といえます。 | 応用研究 |
Chenら (IEEE EDL 2024) | 応用研究の例: p-GaNゲート型GaN MIS-HEMTのしきい値電圧を大幅に向上させた研究。従来Vth≈2V程度だったデバイスに対し、ゲートの熱酸化+ALD絶縁膜(OTALDプロセス)を組み合わせることで**7.1Vの世界最高Vth**を実現。同時にゲート耐圧26.9V、オフ状態耐圧1980Vを達成し、高ゲート駆動電圧回路への適用可能性を拡大。酸化膜形成で界面品質と2DEG散乱低減を図り、トランスコンダクタンスも向上。GaNデバイスの高信頼ゲート実現に貢献する応用研究です。 | 応用研究 |
Naritaら (IEDM 2020/2022) | 基礎研究の例: GaNにおける垂直型スーパージャンクション(SJ)構造の初実証。2020年にGaN垂直SJダイオードの試作に成功し(2022年には拡張報告)、p型層とn型柱を交互積層することで従来構造を超える性能ポテンシャルを示しました。GaNの高い材料限界を引き出しオン抵抗と耐圧のトレードオフ打破を狙う基礎的研究で、SiCで実用化が進むSJ技術をGaNへ応用する道を拓いたものです。 | 基礎研究 |
補足: このほか、MeneghiniらによるGaNパワーデバイスの物理・信頼性に関する詳細なチュートリアル(J. Appl. Phys. 130, 181101 (2021))なども出版されており、トラップ起因の劣化メカニズムやゲート絶縁技術など基礎と実用の橋渡しとなる知見がまとめられています。
RF・高周波デバイス分野(マイクロ波・ミリ波・6G)
GaNは高周波・高出力のRFデバイスにも広く応用され、5G/6G通信やレーダー向けの研究が加速しました。高いft・耐圧を持つGaN HEMTは、次世代のパワーアンプ(PA)の本命と位置付けられています。近年はGaN-on-Si技術でコスト低減を図りつつ、Eモード動作や高線形性への取組が進展しています。主要な論文・成果を以下にまとめます。
論文/発表(年)/出典 | 概要・焦点 | 種別 |
---|---|---|
Luら (Fundamental Research 2023) | 5GおよびB5G(ビヨンド5G)時代に向けたGaN RFデバイスとPAの包括レビュー。GaNデバイスの高周波・高線形性・高効率特性により次世代PAの本命となっていることを概説。特に高周波動作や線形性向上、低コストGaN-on-Si技術に焦点を当て、最新のデバイス技術と回路技術(モデル化含む)を展望。5G通信へのGaN HEMT活用指針を示した総説。 | レビュー |
imec研究所 (VLSI Symp 2025) | 応用研究の例: 6G移動体向け高効率GaN RFトランジスタの記録的性能デモ。imecはシリコン基板上EモードGaN MOSHEMTで13GHz動作・5V電源にて1W/mm出力、PAE 66%を達成。8本ゲート指設計で複数素子合成なしに高出力を実現。InAlNバリア+ゲートリセスによりEモード化と高周波性能を両立。さらにコンタクト抵抗0.024Ω·mmの超低抵抗オーミックを別途開発し出力密度70%向上の道を示した。この成果は7~24GHz帯(6G FR3)でGaAsに代わる高効率GaN-on-Si PAの実現に大きく前進したものです。 | 応用研究 |
Quayら (Fraunhofer, IMS 2022) | 応用研究の例: Gバンド(140~220GHz)における世界初のGaN増幅動作を実証。Fraunhoferらのチームは2段構成のD帯GaN MMIC増幅器を開発し、195GHzで16.9dBm(約50mW)出力を得ることに成功。広帯域インターステージマッチ手法により高周波での利得・出力を両立。GaN HEMTがサブTHz領域でも動作可能であることを示し、6G/テラヘルツ通信やイメージングへの応用可能性を開いた重要な成果です。 | 応用研究 |
その他の基礎研究例: | GaNデバイスの高周波特性向上に向けた微細化・新構造の基礎研究も進みました。例えばHRL研究所はゲート下にGeスペーサを挿入した空隙ゲート構造で90nmゲート長デバイスのf_max向上を報告し、高周波での利得限界を押し上げる手法を提案しています。またGaN HEMTのトラップ分布や熱による劣化挙動の解明など信頼性の基礎研究も数多く行われ、高周波動作下での安定性向上に寄与しています。 | 基礎研究 |
発光デバイス分野(LED・マイクロLED・深紫外)
GaN系材料は青色・緑色LEDからマイクロLEDディスプレイ、深紫外LEDまで幅広い光デバイスに応用されています。直近5年では、マイクロLEDの実用化に向けた微細加工技術や効率課題への研究、深紫外LEDの効率向上策などが注目されました。以下、主要な論文を応用分野別にまとめます。
可視光・マイクロLED関連
論文(年)/出典 | 概要・焦点 | 種別 |
---|---|---|
Liuら (Light: Sci & Appl 2025) | マイクロLED製造技術に関する最新レビュー。 ピクセル微細化に伴う側壁ダメージ起因の効率低下(サイズ効果)に着目し、その物理モデルと対策技術を体系的に解説。特にプラズマエッチによる損傷を抑制する「ダメージフリー」加工(湿式エッチング、膜保護、リフトオフ等)の最新動向をまとめ、高効率μLED実現に向けた課題と展望を示す。マイクロディスプレイやAR/VR用途を見据えた包括的レビュー。 | レビュー |
Chenら (Sci. Reports 2021) | μLEDのスケーリング限界に関する基礎研究。 100×100μmから10×10μmまで異なるサイズのInGaN青色μLEDチップの発光特性を比較検討。最小10μmでは側壁欠陥による再結合損失が顕著で、理想性因子の悪化(欠陥主導の再結合)により発光効率低下を確認。一方、小チップは電流拡散が均一化し高電流密度領域で効率劣化(droop)が緩和、最大外部量子効率(EQE)18.8%を高電流域で実現。μLEDのサイズ依存特性を定量的に示し、将来の高密度ディスプレイ設計に重要な知見を提供しました。 | 基礎研究 |
Liuら (Light: Sci & Appl 2024) | μLED製造プロセスの応用研究例: エッチング不要の新ピクセル形成技術(STO法)を開発した報告。プラズマエッチングの代わりに選択的熱酸化でp-GaNや多重量子井戸を局所的に絶縁・形状再形成し、隣接部はSiO₂膜で保護。この方法でプラズマダメージ無しの緑色μLEDアレイ(ピクセルサイズ10/30/50μm)を作製。特に10μmでは4時間酸化+3.5μm SiO₂保護により、-10Vリーク電流密度1.2×10^-6 A/cm^2まで低減、ピークEQE約6.48%を達成。従来法に比べ大幅な漏れ低減と効率改善を示し、サイズ効果緩和に有効と証明。ほぼ平坦な素子表面が得られるため駆動回路とのモノリシック集積も視野に入る。μLEDだけでなく他のIII族窒化物デバイス(フォトダイオード、レーザ、HEMT等)への応用可能性も示唆されています。 | 応用研究 |
深紫外LED(DUV-LED)関連
論文/出典 | 概要・焦点 | 種別 |
---|---|---|
Zhaoら (Crystals 2023) | 深紫外(DUV)LEDの進展に関するレビュー。 殺菌や医療用途で期待されるAlGaN系DUV-LEDですが、現状ではInGaN青色LEDに比べて発光効率(EQE)が10%未満と極めて低い状況です。本論文ではDUV-LEDの内部量子効率(IQE)・光取り出し効率(LEE)・壁効率(WPE)向上策を総括し、結晶欠陥低減(欠陥密度<$10^8$ cm^-2のAlN基板活用など)、p型ドーピング改善、p-GaN吸収抑制(トンネル接合導入等)、デバイス構造工夫(光共振やプラズモニクス)など多面的アプローチを整理しています。近年の研究で一部6%程度までEQE向上報告がありますが、依然課題山積であり、今後は基板技術やバンドギャップ工学のブレークスルーが必要と結論づけています。 | レビュー |
Wuら (APL Photon. 2021) | DUV-LED高効率化の応用研究例: 発光波長270nm帯のAlGaN深紫外LEDで、バンドギャップ工学とデバイス構造改良を組み合わせて性能を飛躍的に高めた研究。具体的には、量子井戸構造を工夫して内部電界(QCSE)を中和しIQEを向上させる一方、トンネル接合(TJ)と高反射p電極による低損失p層を導入してUV光吸収を抑制。さらにSiO₂埋込構造で電流拡散を制御しトップ出射を強化しました。これらの複合最適化により、従来構造比で発光強度・効率を大幅に改善し、サファイア基板上でも高性能DUV-LEDが可能であることを示しました。DUV-LEDの包括的高効率化戦略として注目される応用研究です。 | 応用研究 |
注: GaN系青色LEDに関しては既に実用段階のため基礎研究は減少傾向ですが、「高効率青色LEDの劣化メカニズム解明」「MicroLED化によるブルーシフト現象や量子井戸内キャリア再結合解析」など学術的な研究が散見されます。また赤色発光をGaN系で実現するInGaN赤色LEDやナノワイヤLEDの研究も進行中で、フルカラーμLEDディスプレイへの布石となっています。
電気自動車(EV)用途分野
GaNパワーデバイスはEV分野でも注目され、主に車載充電器(OBC)やDC/DCコンバータでの採用が進みつつあります。SiCが主流のメインインバータ領域でも、低電圧系や高周波スイッチング部分でGaNの有利性が研究されています。以下にEV応用に関連する主要レビューと研究例を示します。
論文/出典 | 概要・焦点 | 種別 |
---|---|---|
Rahmanら (Applied Physics Reviews 2024) | EV向けGaN技術の包括レビュー。 EVの小型・高効率化にWBG半導体が寄与する中、GaNは2000年代後半より徐々に車載に導入され始めた。本論文ではEVの各構成要素(バッテリシステム、オンボード充電器、車載DC/DC、モーターインバータなど)へのGaN適用可能性を整理し、現状主流のSi/SiCデバイスとの比較を実施。GaNの高スイッチング周波数・高温動作・高耐圧特性が軽量・小型化に寄与しうる点を示す一方、課題として耐圧レンジ制限(650Vクラス中心)や信頼性・コスト面を挙げる。また自動車のみならず電動航空機・船舶等への応用展望にも触れ、GaNが交通電動化を加速しうると結論づけています。 | レビュー |
Bayら (Energies 2023) | 車載オンボード充電器(OBC)トポロジーに関するレビュー。 400V系および800V系EV向け双方向OBCにGaNを用いる利点・課題をまとめています。マルチレベル回路や共振コンバータとの親和性、高周波スイッチングでの磁気部品小型化効果などGaN活用による高パワー密度化手法を紹介。文献調査によれば、GaN OBC試作機は6.6kW級で98%以上の効率かつ数kW/L超の電力密度を実現する例が報告されています。例えばシングルフェーズ6レベルMMC方式で0.62L容積・98.22%効率を達成、500kHz動作CLLLC方式で7.9kW/Lを達成など、シリコンでは困難だった指標に到達しています。こうした解析からGaN OBCの利点と設計指針、さらなる高効率化に向けた課題(高耐圧GaNの不足、熱設計、EMI対策等)を論じています。 | レビュー |
Choiらの実証研究 (2022) | 応用研究の例:GaN搭載OBCの高密度化。 650V耐圧の車載GaN FETを用いた6.6kW双方向充電器を試作し、位相シフトフルブリッジ+多重共振コンバータ構成で98.2%効率・7.3kW/Lの電力密度を達成した報告があります。400Vバッテリ系から800V系まで対応する設計で、GaNの高周波スイッチングにより小型の受動部品で高効率を両立した点が特徴です。従来Siベース充電器(2~3kW/L, 95%台の効率)を大きく上回る性能で、GaNによりEV充電器の体積・損失削減が可能であることを示した好例です。 | 応用研究 |
(その他基礎研究) | 信頼性面では、車載環境下でのGaNデバイスの劣化メカニズム解明や動的オン抵抗増加抑制策といった基礎研究も進められています。例えば高温高湿や繰り返しパルス応力下でのVthドリフトを評価しトラップ起因と同定する研究、ゲート絶縁信頼性(TDDB)試験による寿命予測など、車載認証に必要な知見が蓄積されつつあります。これら基礎研究はGaNデバイスをEVに本格適用する上で欠かせない土台となっています。 | 基礎研究 |
以上、直近5年間のGaN半導体研究の主要トピックを応用分野別に概観しました。総括すると、パワーエレクトロニクス分野ではGaNは高耐圧化・信頼性向上を遂げつつあり、RF分野では5G/6G高周波での優位性が確立されつつあります。発光デバイスではマイクロLEDや深UVといった新応用領域への展開が進み、EV用途では実証レベルで高効率小型化の成果が現れています。今後も基礎から応用まで幅広い研究が相互に補完し、GaN半導体のさらなる発展と実用化が期待されます。
参考文献: 本回答中の【】内の番号は該当情報の出典を示しています。例えばは出典42の53~59行目を参照したことを意味します。各出典の詳細は以下を参照してください。