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オーストラリア大陸とアメリカ大陸での大量絶滅を結び付け、ホモ・サピエンスがアフロ・ユーラシア大陸に拡がったときにおこった、それよりは小規模な絶滅、さらには古代の狩猟採集民がキューバのような遠隔の島々に移り住んだときに起こった絶滅を考え合わせると、一つの結論に必然的に導かれる。

それは、サピエンス移住の第一波は生態学的惨事をもたらし、それは動物界を見舞った悲劇のうちでも、とりわけ規模が大きく、短時間で起こった、というものだ。
最大の被害者は毛皮で覆われた大型の動物たちだった。認知革命のころの地球には、体重が50キログラムを超える大型の陸上哺乳動物がおおよそ200属生息していた。

それが、農業革命のころには、100属ほどしか残っていなかった。ホモ・サピエンスは、車輪や書記、鉄器を発明するはるか以前に、地球の大型動物のおよそ半数を絶滅に追い込んだのだ。

農業革命の後、この生態系の悲劇は規模を縮小して何度となく再演された。
数知れぬシマノ考古学的記録が、同じ物語を語っている。
この悲劇は、多種多様な大型動物が豊富に見られる場面で幕を開ける。
そこには、人類の影は形もない。

第二場でサピエンスが登場する。
その裏付けは、人骨や槍の穂先、あるいは焼き物の破片の事もある。
すぐ後に続く第三場では、人間が舞台の中央を占め、大型動物の大半は、多くの小動物とともに姿を消している。

 

アフリカ大陸から約400キロメートル東にある大きな島マダガスカルが、有名な事例を提供してくれる。
何千万年にもおよぶ孤立の間に、この島では独特の動物群が進化した。
例えば、飛ぶことができず、背の高さが3メートル、体重が500キログラム近い世界最大の鳥リュウチョウや、地球最大の霊長類のメガラダピスだ。
リュウチョウもメガラダピスも、マダガスカル島の他の大型動物の大半とともに、約1500年前に忽然と姿を消した。

これはまさに、人類が初めてこの島に上陸した時だった。

太平洋では、ポリネシアの農耕民がソロモン諸島、フィジー諸島、ニューカレドニア島に住み着いたときに、最大の絶滅の波が起こった。
彼らは直接あるいは間接に、何百種もの鳥や昆虫、カタツムリなどの地元特有の動物を絶滅させた。

絶滅の波はそこから徐々に東と南と北に拡がり、太平洋中央部に達し、その過程でサモアとトンガ、マルキーズ諸島、イースター島とクック諸島とハワイ諸島、そして最後にニュージーランドの固有の動物相を跡形もなく拭い去った。

 

同様の生態系の惨事が、大西洋やインド洋、北極海、地中海にちらばる何千もの島々のほぼすべてで起こった。
幾世代となく生きてきた鳥類や昆虫類、カタツムリなどの腹足類が、農耕民が初めてやってきた時に消えてしまった証拠を、考古学者は、ごく小さな島でも発見してきた。
ただしほんのわずかながら、近代まで人類に気づかれずにこられた絶海の孤島があり、そこでは固有の動物相が無傷で残っていた。

最も有名なのがガラパゴス諸島で、十九世紀になるまで人類が住んでいなかったため、ゾウガメなど、独特の動物たちが生き延びてきた。
ゾウガメは古代のディプロトドンと同様、人間をまったく恐れない。

狩猟採集民の拡がりに伴う絶滅の第一波に続いて、農耕民の拡がりに伴う絶滅の第二波が起こった。
この絶滅の波は、今日の産業活動が引き起こしている絶滅の第三波を理解する上で、貴重な視点を与えてくれる。

私たちの祖先は自然と調和してくらしていたと主張する環境保護運動家を信じてはならない。
産業革命のはるか以前に、ホモ・サピエンスはあらゆる生物のうちで、最も多くの動植物を絶滅に追い込んだ記録を保持していた。
私たちは、生物史上最も危険な種であるという、芳しからぬ評判を持っているのだ。

もっとも多くの人が、絶滅の第一波と第二波について知っていたら、自分たちが起こしている第三波についてこれほど無関心ではいないかもしれない。
私たちがすでにどれほど多くの種を根絶してしまったかを知っていたら、今なお生き延びている種を守ろうという動機が強まるかもしれない。

これは大型の海洋動物については、とくに重要だ。
陸上の大型動物と違って、海の大型動物は、認知革命の害はあまり受けずに済んだ。
だが、産業公害と、人間による海洋資源の濫用のせいで、今やその多くが絶滅寸前になっている。

もしこのままいけば、クジラやサメ、マグロ、イルカは、ディプロトドンやオオナマケモノ、マンモスと同じ運命をたどって姿を消す可能性が高い。
世界の大型生物のうち、人類の殺到という大洪水を唯一生き延びるのは人類そのものと、ノアの箱舟を漕ぐ奴隷の役割を果たす家畜だけということになるだろう。

 

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