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次のシナリオを頭に思い浮かべてほしい。
小児科医のあなたは、病院で忙しい一日を過ごしている。

午後二時、予約患者である幼児が、父親に付き添われて健診に訪れる。
身体検査を終え、子供の運動能力、言語、社会性について問診を行ったのち、あなたは予防接種の説明を始める。

ところが、父親は、MMRワクチンについてひどく懸念している。
このワクチンが自閉症のリスクを高めるときいたからだ。

今では悪名高い1998年の研究論文で、ワクチンと自閉症の関連性が初めて取沙汰されて以来、予防接種を拒否する親は増えている。
論文の著者はアンドリュー・ウェイクフィールド元医師とその研究グループだ。
当時ウェイクフィールドは、ロンドンのロイヤル・フリー・ホスピタル・スクール・オブ・メディスンで名誉顧問を務めていた。

彼の基本的な主張によると、麻痣、おたふく風邪、風疹のワクチンを三種混合で摂取すると、子供の免疫システムに変化をもたらすことがあるという。
それによって麻疹ワクチンが腸に入り込み、腸から特定のタンパク質が脳に流れ込む。
そのタンパク質が神経細胞に損傷を与えるため、自閉症を引き起こすというのだ。

一流学術誌ランセットに掲載された論文はのちに疑問視されるようになり、その後数年に及んで調査が行われた結果、MMRワクチンと自閉症には関連性がないという結論が出された。

しかし、ウェイクフィールドの研究によって燃え上がった炎は消えなかった。
それを否定する十分な科学的根拠があるのに、多くの人はいまだに副作用の疑惑を恐れ、わが子のMMRワクチン接種を拒んでいる。
その結果、麻疹の患者数は増加した。アメリカにおける2014年の報告書は644例で、2013年の3倍に増えている。

 

話を病院に戻そう。医者のあなたは厄介な任務を果たそうとしている。
子供に予防接種を受けさせるよう、目の前の父親を説得しなければならないのだ。

あなたはどのような方法をとるべきだろう?

多くの人は本能的に、MMRワクチンが自閉症の原因ではないという科学的根拠を父親に示そうとするだろう。

アメリカ疾病予防管理センターでも、ワクチン危険説を覆すためのアプローチがとられている。
これは合理的な戦術に思われるが、うまくいかないことが研究からわかっている。
なぜなら、情報は事前の信念に応じて評価されるからだ。

新しいデータが、すでに確立した信念とかけ離れるほど、そのデータの信頼性は低く見積もられる。
むしろ、危険説を一掃するためにMMRワクチンの話を繰り返すことで、人々は反対証拠よりもその説事態を折にふれて思い出す羽目になる。

 

この問題を解決するため、カリフォルニア大学ロサンゼルス校とイリノイ大学アーバナ・シャンベーン校の心理学者たちは、新たなアイデアを思いついた。
凝り固まった信念を払拭するのではなく、まったく新しい考えを植え付けようと試みたのだ。
彼らの推論によると、子供の予防接種を受けさせるかどうかの決断には、二つの要素が関わってくるという。

ワクチン接種によるネガティブな副作用とポジティブな結果。
ワクチン接種を拒否する親は、副作用の可能性に対してすでに強い信念を持っている。

この認識を変えようとしても抵抗にあうだけだ。
研究チームは、MMRワクチンは自閉症を引き起こさないと説得する代わりに、同ワクチンが死に至る可能性のある病気を防ぐという事実を強調することにした。
これは最も抵抗の少ない道である。ワクチンが子供たちを麻疹、おたふく風邪、風疹から守ってくれることを疑う理由はないのだから。

 

研究チームは両者の共通性も見出した。両親にとっても医者にとっても、優先すべきは子供の健康だ。
意見の食い違いよりも共通点に注目することで、変化は訪れるのである。

この策は実に効果的だった。
MMRワクチンの副作用への不安を払拭しようとするよりも、子供たちを重病から守るワクチンの力を強調する方が、予防接種に対する意識に変化がみられたのだ。
もとの考えを根絶やしにするのが難しいときは、新しい種をまくのが正解なのかもしれない。

 

 

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