生成AIによる3Dモデル生成が急速に進歩している。写真や図面から複雑な立体形状を生成するだけでなく、内部機構まで含んだモデルを作れるようになってきた。
今回試したのは、Shape Galleryで公開されている「Breguet No.160 Marie-Antoinette」のShapeScriptモデルだ。作者はSatoshi Nakajima氏。歴史的なNo.160を、現代に復元されたNo.1160を視覚資料として再構成したモデルで、assembled(組立状態)とexploded(分解状態)が並べて表示されている。
ただし、公開ページには重要な注意書きがある。このモデルは「visual assembly study」であり、823部品すべてを検証した製造用CADではない。ブレゲ公式の発表によれば、2008年に発表されたNo.1160は、No.160を再現するために数年間の調査を経て製作されたもので、ムーブメントは823の部品で構成されている(出典:Montres Breguet「Presentation of the “Marie-Antoinette” watch in a re-edition version」)。
そこで、「AIが作った3Dモデルをそのままプリントする」のではなく、本当に組み立てて動く模型まで持っていけるのかを試してみることにした。
STLを解析すると、最初から問題だらけだった
まず公開されていたSTLを解析した。
assembledとexplodedを合わせたメッシュには3,038個のisland(独立したメッシュの塊)があり、左右にそれぞれ1,519個ずつ存在していた。一方、Shape Galleryの説明では「391 component groups」とされている。
つまり、STLのconnected componentと時計の「部品」は一致していない。
さらにShapeScriptのソースそのものを解析すると、状況が明確になった。391 component groupsは単なる説明上の数字ではなく、ソース内に実際に存在する391個のID付きgroupだった。
ShapeScript側の診断では、391のsemantic groupに対して1,457のsource mesh、5,220のshellが存在し、自己交差やnon-manifold(多様体でない形状)も多数含まれていた。「見た目として成立する3Dモデル」と「製造可能なCAD」の間には、大きな差があるということだ。
これは逆に面白い。
STLを無理に逆解析するのではなく、ShapeScriptが持っている「部品の意味」を利用して製造モデルへ変換できるからだ。
391部品をA1 miniで作れるか診断する
次に条件を固定した。
- プリンタ:Bambu Lab A1 mini
- 材料:PLA
- ノズル:0.4 mm
- 倍率:原寸63 mmに対して2.5倍(ケース径157.5 mm)
391 groupをFDM造形の観点から診断すると、次のようになった。
| 判定 | 内容 | 部品数 |
|---|---|---|
| A | そのまま出力候補 | 106 |
| B | Boolean union程度で可能 | 97 |
| C | 修復・細部調整が必要 | 177 |
| D | 大幅な見直しが必要 | 11 |
A+Bで203部品、約52%である。また最大部品寸法は157.5 mmで、391 groupすべてがA1 miniの造形範囲(180×180×180 mm)に収まることも分かった。
意外だったのは、D判定の多くが文字盤の文字や目盛などだったことだ。機構の試験だけなら、まずこれらは無視できる。
そこで391部品を一気に作るのではなく、時計の中心となる主輪列だけを取り出すことにした。
最大の問題:歯車が噛み合っていない
Center wheel(二番車)、Third wheel(三番車)、Fourth wheel(四番車)、Escape wheel(ガンギ車)と、それぞれのpinion(かな)、arbor(軸)を抽出して修復した。
メッシュとしてはきれいにできた。
しかし、assembled状態の軸配置を解析すると、もっと根本的な問題が判明した。
歯車が噛み合っていなかった。
隣接するwheelとpinionの歯先円の間には、約4.13 mm、7.70 mm、6.68 mmもの隙間があった。
さらに元モデルの歯形を解析すると、大径のwheelとpinionを、同一moduleの標準的なインボリュート歯車として解釈することも困難だった。ShapeScriptの歯は視覚表現用に単純化された形状で、基礎円や圧力角にもとづいた歯車設計ではなかった。
ここで方針を変更した。
見た目をそのまま修復するのではなく、歯数だけを残して機械設計をやり直す。
これが今回の検証で一番重要な転換点だった。
AI生成モデルを「機械」に再設計する
元モデルの歯数は残した。
- wheel:72 / 56 / 48 / 18歯
- 各pinion:10歯
FDMで造形でき、10歯のpinionでも切下げを抑えられる条件を探索し、最終的にmodule 1.5 mm、圧力角20°を採用した。
10歯pinionには転位係数+0.45、相手のwheelには−0.45を与え、pinionの歯先も短縮した。
設計軸間距離は次のとおりである。
- 72T/10T:61.6 mm
- 56T/10T:49.6 mm
- 48T/10T:43.6 mm
転位係数の和は0なので、標準の軸間距離は61.5 / 49.5 / 43.5 mmとなる。ここではFDM造形で軽く手回しできることを優先し、各段で0.10 mmずつ軸間を広げて61.6 / 49.6 / 43.6 mmとした。さらに歯厚を各歯車で0.12 mmずつ減らし、設計上のバックラッシを約0.314 mm確保している。
歯面接触については、単純なアニメーションで確認するだけでなく、1歯周期を121点に分割した接触探索と、Blenderでの361フレーム検査を実施した。3段とも理論かみあい率は約1.22以上で、検査上は歯面干渉なしとなった。
ただし、この時点ではまだ「計算上動く」にすぎない。
本当に重要なのは、プリントした現物が動くかどうかだ。
最初の実機試験
いきなり4段を作るのではなく、72歯wheelと10歯pinionだけのStage 1試験機を作った。
軸はφ4.00 mm、軸受穴はφ4.20 mm。回転力を伝える部分には、対辺(AF)6.00 mmの六角軸とAF 6.30 mmの六角穴を採用した。設計上のバックラッシは前述のとおり約0.314 mmである。
さらに、手元のA1 miniの寸法誤差を確認するため、穴径を変えたクーポン(試験片)も作った。
- 丸穴:φ4.10 / 4.20 / 4.30 / 4.40 mm
- 六角穴:AF 6.20 / 6.30 / 6.40 / 6.50 mm
結果は次のとおりだった。
| 穴 | φ4.00軸/AF6.00六角軸を入れた結果 |
|---|---|
| φ4.10 | 入らない |
| φ4.20 | きついが、途中まで入れて回転できた |
| φ4.30 | 少し緩い |
| φ4.40 | 明らかに緩い |
| AF 6.20 | 入る。少し抵抗がある程度で、回転力を伝える嵌合として最も良さそう |
| AF 6.30〜6.50 | すべて入る |
そして肝心の歯車。
72歯wheelを手で回すと、10歯pinionも実際に回った。
AIが生成した視覚モデルには存在しなかった正しい歯車設計を追加することで、計算上だけでなく、実際のFDM部品として噛み合いを成立させることができた。
唯一、入力用のハンドノブはD軸との隙間が大きく、ノブだけが空回りした。これは歯車の問題ではなく嵌合の問題なので、次版ではD穴のoffsetを0.20 mmから0.10 mm程度へ縮める予定だ。
ここで分かった「AI×3Dプリンタ」の使い方
今回面白かったのは、AIに最終製品を一発で作らせたことではない。
むしろ、
生成 → 解析 → 問題発見 → 機械設計 → シミュレーション → 3Dプリント → 実測 → AIへフィードバック
というループを回せたことに価値がある。
最初のモデルには3Dプリントできないメッシュもあり、歯車すら噛み合っていなかった。それでも、ShapeScriptに残っていた391個のsemantic groupを手掛かりに機構を抽出し、機械工学的な条件を与え直すことで、少なくとも第1段については物理的に回転するところまで到達した。
これは3D生成AIの用途を考えるうえで重要だと思う(ここからは筆者の考察)。
AIが「正解のCADを出す」と考えるのではなく、AIが非常に高速に作った設計のたたき台を、人間・解析コード・実機試験で少しずつ工学製品へ収束させる。
この使い方なら、時計だけでなく、古い計算機、蒸気機関、ポンプ、工作機械、特許の機構などにも応用できそうだ。
次の実験
次はStage 2として、56歯のThird wheelを追加し、
72T → 10T+56T → 10T
という3軸の複合輪列を試す。
ここから摩擦、軸の傾き、バックラッシの累積が効いてくる。
AIが作った、200年以上前の時計の模型を、どこまで「本当に動く機械」にできるのか。実験はまだ始まったばかりだ。
元モデル:Satoshi Nakajima, “Breguet No.160 Marie-Antoinette”, Shape Gallery(CC BY 4.0)。本記事の解析・再設計はこのモデルをもとに筆者が行ったもので、元モデルの作者によるものではない。
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