熊肉の処理方法のまとめ

背景とリスク

日本で熊肉を利用する文化は残るものの、野生鳥獣は家畜のように飼養や健康チェックが行われていません。そのためE 型肝炎ウイルスや病原性大腸菌、サルモネラ属菌、カンピロバクター属菌、旋毛虫(トリヒナ)等の病原体を保有している可能性が高く、食用には一定のリスクがありますmhlw.go.jp。2023 年 11 月に米国ノースカロライナ州で熊肉の会食後にトリヒナ症が疑われる集団発生が報告され、参加者 34 人のうち 10 人が筋肉痛・発熱などの症状を訴えましたfsc.go.jp。この報告では、冷凍保存した熊肉から生きたトリヒナ幼虫が検出されたため冷凍だけでは安全にならないことが指摘され、狩猟肉は内部温度 74 ℃(165 °F) 以上に加熱調理することで寄生虫を殺すことができると記されていますfsc.go.jp

国内でも厚生労働省のジビエ衛生管理ページが警告するように、野生鳥獣の肉は生食や加熱不足によってE型肝炎や旋毛虫症などの食中毒を引き起こす可能性があり、必ず中心部まで火が通るように調理することが求められていますmhlw.go.jp。熊肉は臭みが強く、調理時に長時間煮込むことが多いですが、適切な処理が行われなければ寄生虫やウイルスを殺しきれません。

野生鳥獣肉の衛生管理に関する基本原則

2023 年 6 月に改正された「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」は、イノシシやシカに重点を置きながらも他の野生鳥獣に共通する衛生対策を示していますmhlw.go.jp。主なポイントは次の通りです。

  • 適切な狩猟・捕獲と人道的な処理 – 動物は不要な苦痛を与えずに速やかに止めを刺し、その場で大量の血液を流出させます。ガイドラインは胸部付近の頸動脈を切って放血する方法を推奨し、血液による汚染を防ぐために切開部を最小限にとどめるよう求めていますmaff.go.jp

  • 異常個体の排除 – 極端に痩せている、外傷や腫瘍がある、寄生虫が多数付着しているなどの異常が見られる個体は食肉に用いませんmaff.go.jp

  • 屋外で内臓摘出を行うのは訓練を受けた者のみ – 野生鳥獣の処理は本来、許可を得た食肉処理施設で行うべきですが、狩猟現場で内臓を取り除く場合は衛生管理の教育を受けた者が行いますmhlw.go.jp

  • 生肉の取り扱いとHACCP – 食肉処理施設では HACCP(危害要因分析と重要管理点)に沿った衛生管理計画を作成し、手順書や記録の保存を行うことが求められますmhlw.go.jp

  • 保管温度の管理 – 捕獲直後は内臓を取り除き、速やかに冷却して体温を下げます。枝肉やカット肉は摂氏 10 度以下で保管・輸送し、常温放置を避けますwww4.city.kanazawa.lg.jp

捕獲後の迅速な処理

熊肉の品質と安全性は、捕獲後の初期処理に大きく左右されます。以下に一般的な処理手順をまとめます。なお、熊の体は大きく、作業中に自分や周囲を汚染しないよう十分なスペースと清潔な用具が必要です。

放血(血抜き)

  1. 速やかな止め刺し – 狩猟で致命傷を負わせた直後に速やかに息の根を止めます。苦しませないことで筋肉の緊張と血液の滞留を減らせます。

  2. 頸動脈の切断 – 両前肢の付け根付近にある頸動脈を 20 cm 以上の長い刃物で切り、首を傾けるか吊るして血液を流出させますinohoi.com。胸を撃ち抜いて血液が出ない場合は胸部を開いて心臓に近い動脈を切り、血抜きを補助しますmaff.go.jp

  3. 衛生管理 – 放血時に土や毛が切開部に付かないよう周囲を清潔に保ちます。作業者は使い捨て手袋を着用し、ナイフや手袋は個体ごとに交換または消毒しますmaff.go.jp

洗浄・冷却

  1. 外皮の洗浄 – 泥や血液、ダニなどを落とすために外皮を水で洗います。頭を下向きに吊るした状態で洗い流すと汚れが内部に入りにくくなりますinohoi.com

  2. 冷却 – 外気温が高い場合は氷や冷水で急速に冷やし、体内温度を早期に下げます。特に大型獣の熊は肉の中心温度が下がりにくいため、放血と内臓摘出を素早く行うことが重要です。

内臓摘出(腹抜き)

  1. 切り込み – 熊の背を地面に向けて横たえ、膀胱側(下腹部)から喉元まで皮を切り開きます。腹壁や胸骨を切開する際は腸や胃袋を傷付けないよう慎重に進めますja.wikipedia.org

  2. 食道と直腸の縛り – 胃内容物や糞が漏れないよう、食道と直腸を紐やジップタイなどで縛ってから切断しますinohoi.com

  3. 内臓の取り出し – 胃や腸、肝臓、肺などを慎重に取り出します。ガイドラインでは、屋外で取り出すのは胃腸管までとし、心臓や肺など他の臓器は食肉処理施設で衛生的に処理しますmaff.go.jp。取り出した内臓は目視で病変や寄生虫を確認し、異常があれば肉も含めて廃棄します。

  4. 胃腸管の処分 – 熊の内臓には寄生虫や病原体が多く含まれるため、食用にせず適切に処分しますmaff.go.jp

解体と皮剥ぎ

  1. 皮剥ぎ – 熊を仰向けにし、股から胸骨まで皮を切り開いた後、足先の関節で四肢を切り離して皮をはぎます。皮と肉の間に薄く刃先を入れ、毛が肉に付着しないようゆっくりと剥がしますja.wikipedia.org

  2. 部位ごとの分割 – 毛皮を剥いだ後、前脚・後脚・肩ロース・背肉・あばらなど部位ごとに切り分けます。筋肉の筋(筋膜)に沿って切ると肉を傷付けずに分割できますinohoi.com

  3. 器具の衛生管理 – 皮剥ぎ用の刃物と食肉用の刃物は分け、作業後は熱湯や塩素系消毒剤で洗浄消毒しますwww4.city.kanazawa.lg.jp

冷却・保管

  1. 急速冷却 – 解体した枝肉やカット肉は可能な限り早く冷却し、摂氏 10 度以下に保ちますwww4.city.kanazawa.lg.jp。大型の枝肉は冷蔵庫内の風が循環するよう吊り下げて冷やします。

  2. 輸送と保管 – 食肉処理施設に運搬する際は冷蔵車を使用し、血液や体液で車内を汚染しないよう覆いをかぶせます。自宅で保管する場合も冷蔵庫や冷凍庫を用いますが、寄生虫は冷凍で死なないため後述の加熱調理が必須ですcity.otaru.lg.jp

調理と衛生管理

十分な加熱と衛生管理は食中毒を防ぐうえで最も重要です。

  • 中心部 75 ℃以上で 1 分以上加熱する – 厚生労働省や地方自治体は熊肉を含む野生鳥獣肉を中心部まで火を通し、75 ℃で 1 分間以上(米国 CDC が示す 74 ℃/165 °F 以上fsc.go.jp)加熱することを推奨していますmhlw.go.jp。スープやシチューなどでは沸騰後 10 分以上煮込めば十分に温度が上がります。

  • 生食・半生料理は厳禁 – 寄生虫(トリヒナなど)は-30 ℃で数か月凍結しても死なない種類がありhokeniryo1.metro.tokyo.lg.jp、刺身やたたき、たれ漬けなど生や半生の状態での喫食は危険です。試食としても生肉を口にしないようにしてください。

  • 別々の調理器具を使用する – 生肉用と加熱済み食品用の包丁・まな板を分け、肉の処理が終わるごとに熱湯または塩素系消毒剤で洗浄しますwww4.city.kanazawa.lg.jp。食卓で使用する箸や皿にも生肉の汁が付かないよう注意します。

  • 手洗いと防護具 – 作業前後は石鹸で手洗いし、傷口から血液が入らないよう手袋を着用しますmhlw.go.jp。調理時にはエプロンやマスクを用いて交差汚染を防ぎます。

  • 交差汚染の防止 – 2022 年カナダの事例では熊肉を食べていない人でも、調理器具を介してトリヒナに感染したことが報告されていますfsc.go.jp。調理台や包丁を消毒し、熊肉の汁がサラダや他の料理に触れないようにしましょう。

法律と記録管理

  • 食肉処理業許可と HACCP – 野生鳥獣肉を販売・供給する場合、食品衛生法に基づく食肉処理業の許可が必要です。食肉処理施設では HACCP に沿った衛生管理計画を策定し、作業手順や温度管理を記録しますmhlw.go.jp

  • 狩猟免許と捕獲許可 – 日本ではクマを捕獲するには狩猟免許が必要で、自治体ごとに指定管理計画に従った捕獲数の制限があります。無許可の捕獲・販売は鳥獣保護管理法に違反します。

  • 記録の保存 – 捕獲日時、場所、個体の状態、処理工程、冷却温度などを記録し、後に食中毒が発生した際に追跡できるようにしますmhlw.go.jp

まとめ

熊肉には栄養価が高く独特の風味がありますが、野生鳥獣特有の病原体や寄生虫を含むリスクがあります。放血・洗浄・内臓摘出・皮剥ぎ・冷却といった初期処理を迅速かつ衛生的に行い、中心温度 75 ℃以上で十分に加熱調理することが食中毒予防の基本です。作業では必ず防護具を着用し、包丁やまな板を用途別に使い分け、処理終了ごとに洗浄消毒します。冷凍では寄生虫を殺せないため生食は厳禁であり、HACCP に沿った衛生管理計画と記録保存が求められます。これらの手順を守ることで、熊肉を安全に楽しむことができます。