承知しました。ロシア・ウクライナ戦争におけるロシア側の主張を広範に調査し、開戦理由、戦争目的、国内外に向けた説明、メディア報道、現在の立場などを網羅的にまとめます。完了次第、ご報告いたします。

ロシア・ウクライナ戦争におけるロシア側の主張

開戦の正当化に関するロシア政府の公式声明や主張

ロシア政府はウクライナ侵攻(「特別軍事作戦」)の正当化として、自国の安全保障が脅かされていたと主張しています。具体的には、NATOの東方拡大によってロシア周辺に軍事的脅威が高まり、ウクライナの加盟を阻止する必要があったと訴えていました。また2014年のウクライナ政変(マイダン革命)以降、ウクライナでロシア系住民に対する迫害や「虐殺(ジェノサイド)」が起きており、それを止めロシア系住民を保護するために行動を起こすほかなかったと説明しています。プーチン大統領は2022年2月24日の演説で「過去8年間ウクライナ東部の人々がいじめと大量虐殺にさらされてきた」「それを止めるためにウクライナの非軍事化と非ナチ化を目指す」と述べ、自らの措置はやむを得ない防衛的対応だと強調しました。このようにロシア側は、ウクライナや西側の行動によって自国およびロシア系住民の安全が脅かされた結果の「必要な軍事作戦」であると正当化しています。

ロシアが掲げる戦争目的(「非ナチ化」「非軍事化」など)

ロシア政府はウクライナに対する主要な戦争目的として、「非軍事化」と「非ナチ化」を掲げています。非軍事化とはウクライナの軍事力を排除して二度とロシアへの脅威とならないようにすることであり、非ナチ化とはウクライナ政府や社会から極右・反ロシア的な「ネオナチ」勢力を一掃することだと説明されています。プーチン大統領は「多数の民間人に対して血塗られた犯罪を犯した者を法廷に送る」と述べ、ウクライナ指導層や過激派の処罰も戦争目標に含まれると示唆しました。ただしロシア当局はこれらの用語を明確に定義しておらず、開戦当初の要求では「ウクライナの非軍事化」「ウクライナの非ナチ化」を求めるに留まりました。ロシア国営メディアが掲載した論考では「非ナチ化」の具体策として「ウクライナという国家アイデンティティの抹消」まで主張されており、事実上ウクライナの主権を解体し支配下に置く意図が示唆されています。このようにロシアの戦争目的は、ウクライナを軍事的・政治的に徹底的に制圧し、自国に従属的な状態に置くことにあると解釈されています。

ウクライナや西側諸国に対するロシアの非難や論点

ロシア側は戦争を正当化するため、ウクライナ政府や支援する西側諸国に対し様々な非難を展開しています。主な主張は次の通りです。

  • ウクライナ政府は極右の「ネオナチ」勢力に牛耳られており、ファシズム的政権である。
  • ウクライナ東部(ドンバス)でロシア系住民に対する「ジェノサイド」(大量虐殺)が行われてきた。
  • ウクライナが密かに核兵器や生物兵器を開発・保有しようとしている。
  • 欧米(NATO)はウクライナを傀儡国家として操り、ウクライナ領内で対ロシア包囲網の軍事インフラを構築している。
  • ウクライナ軍や民族主義武装勢力が自国民を「人間の盾」として利用し、市街戦で民間人を危険にさらしている。

これらの論点はロシア政府高官や国営メディアによって繰り返し主張されており、ウクライナ側および西側諸国を非難する主要な材料となっています。国連など国際の場でも「ウクライナ政府はネオナチ」といったレトリックや「ドンバスのロシア人虐殺を止めるため」という主張が展開されましたが、ウクライナや西側諸国はこれらを事実無根のプロパガンダだとして強く否定しています。

ロシア国内の報道や国民向けの説明・プロパガンダの内容

ロシア国内では、政府と国営メディアによる厳格な情報統制のもと、戦争に関する公式見解が国民に伝えられています。ロシア当局はこの戦争を決して「戦争」と呼ばず「特別軍事作戦」と称しており、開戦直後に戦争反対デモや独立系メディアを厳しく取り締まりました。2022年3月にはロシア軍に関する「虚偽情報」の流布を禁じる法律が施行され、政府発表と異なる報道を行ったメディアは閉鎖・遮断されるなど、強力な検閲体制が敷かれています。こうした中、国営テレビなどは政府のプロパガンダを繰り返し流し、ロシア国民に対し次のようなメッセージを植え付けています。

第一に、ウクライナの現在の政権は「ネオナチ」や過激な民族主義者で占められており、彼らがロシア系住民を虐げているのだから、ロシア軍はウクライナを「解放」し正義を行っているのだという主張です。例えば、国営メディアの極端な論調として「ウクライナ人であることをやめさせる(ウクライナの民族としてのアイデンティティを消去する)」という内容すら公表され、ウクライナ=ナチス悪という図式が煽られました。第二に、戦況についてロシア側に有利な情報だけが強調されています。ロシア国防省はウクライナ側の膨大な損害を発表する一方、自軍の被害は過小に報告される傾向があります。また、ブチャでの民間人殺害事件などロシア軍によると疑われる戦争犯罪については、一貫して否認し「ウクライナ側の自作自演」だと報じています。こうした国内宣伝によって、一般のロシア国民には「我々はネオナチから同胞を救っている」「ロシア軍は善戦し正義を遂行している」という認識が広められ、戦争への支持を維持する世論工作が行われているのが実情です。

国際社会向けに発信している立場や外交的正当化

ロシアは対外的にも自国の軍事行動が正当であると訴えています。開戦当初、国連安全保障理事会ではロシアのネベンジャ国連大使が「ウクライナ東部のドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国(ロシアが侵攻直前に国家承認)の要請に応じたものであり、国連憲章51条に基づく自衛権の行使だ」と表明しました。これは「同盟国」(ロシアが承認した分離地域)に対するウクライナの攻撃から守るための集団的自衛権だという法的理屈で、国際法上許容される範囲の軍事行使であると主張した形になります。ロシア政府はまた、「2014年以降ドンバスでウクライナ当局による住民虐殺が行われていたが、西側諸国はそれを黙認し事態を悪化させた」と国際社会に非難しました。さらに「ウクライナは事実上NATOに支配され、NATOがウクライナを利用してロシアに対する軍事的脅威を高めたのだ」と主張し、自らの行動はNATOから自国を守るための先制的措置であると位置付けています。ロシアのラブロフ外相は2023年に入ると「ウクライナ問題は米国の覇権に対抗する新たな世界秩序づくりの一環」とも発言しました。これはロシアが今回の戦争を、単にウクライナとの二国間紛争ではなく西側(米国主導の秩序)対ロシアという構図で国際社会に訴えていることを示しています。実際、国連など多国間の場でもロシアは「欧米によるロシア包囲と干渉が戦争の原因であり、我々は国際秩序の不公正と戦っている」といった外交的正当化を展開し、特に欧米以外の国々(グローバルサウス)に支持を求めようとしています。

戦争の経過に応じて変化してきたロシアの主張

ロシアの公式の主張や戦争目的は、戦況の推移に伴い変化・修正されてきました。開戦当初のプーチン大統領は「ウクライナの占領が目的ではない」と明言し、あくまで「ウクライナの非軍事化と非ナチ化」が目標だと述べていました。しかし侵攻開始直後の電撃作戦が失敗し、ウクライナ政府の打倒やキーウ(キエフ)攻略が果たせないと見るや、2022年3月には「作戦の主目的はドンバス地方の解放にある」と戦争目的を限定する発表を行いました。これは事実上、ウクライナ全土の制圧からドンバス(東部2州)の掌握に目標を切り替えたことを意味します。その後、東部でロシア軍は苦戦しつつも6月末までにルハンスク州全域を占領しましたが、ドネツク州の大部分は依然ウクライナの支配下に残っていました。そうした中、2022年7月にはラブロフ外相が「ロシアの軍事的な任務はドンバス(DPR・LPR)だけでなくヘルソン州やザポリージャ州などにも及んでいる」と発言し、当初より戦域が拡大していることを初めて公に認めました。この発言はロシアが当初目指していないとした南部・東部のより広範な領土獲得に言及したものです。事実、ロシア軍は3月以降南部ヘルソン州やザポリージャ州の一部も占領下に置いていましたが、ロシア政府は9月になってそれら占領地で強行に「住民投票」を実施し、ドネツク・ルハンスク両州と合わせ計4州の併合を宣言しました。併合宣言後、クレムリンは「これら新たなロシア領の地位が交渉の前提条件だ」と主張し、占領地の領有権を決して譲らない構えを明確にしています。一方、軍事的失敗が重なるにつれロシアの対外的レトリックは一時期抑制的になる場面もありました。例えば、キーウ攻撃断念後のロシア国防省発表では「ドンバス解放が主目的であり概ね達成されつつある」という趣旨の発言がなされました。しかし戦争が長期化・泥沼化する中、プーチン大統領や政府高官の発言には再び強硬なものが目立つようになります。2023年以降、プーチン大統領は「我々の目的は何も変わっていない」と述べ、ウクライナの現政権を倒す意図が依然としてあることを示唆しました。このようにロシアの公式見解はその時々の戦況に合わせて柔軟に表現を変えつつも、根底にあるウクライナ支配・服従という最大目標自体は放棄していないと考えられます。

停戦交渉や終戦条件に関する現在のロシアの立場

戦争が長期化する中、ロシアは外交交渉の可能性にも言及していますが、その提示する停戦条件は極めて厳しいものです。2022年3月の初期交渉から一貫して、ロシアはウクライナ側に対し領土と安全保障に関する譲歩を要求してきました。現在ロシア高官が公に述べている主な和平条件は次の通りです。

  • 併合した領土の承認:ウクライナに対し、クリミア半島(2014年にロシア編入)および2022年に占領・併合を宣言したドネツク、ルハンスク、ザポリージャ、ヘルソン各州のロシア主権を公式に認めること。
  • ウクライナの中立化(NATO非加盟):ウクライナが将来的にもNATOに加盟しないことを法的に保証すること。
  • ウクライナの非軍事化:ウクライナ軍の軍事力を大幅に削減し、将来ロシアへの脅威とならない状態に限定すること。
  • ロシア語・ロシア文化の権利保護:ウクライナ国内でロシア語やロシア文化、ロシア正教会などロシア系住民の権利や地位を保障する法律改正を行うこと。

ロシア側はこれらを交渉再開の前提条件としており、実質的にはウクライナに全面降伏に近い譲歩を迫る内容となっています。実際ラブロフ外相は2025年4月のインタビューで「これらの条件は戦争当初から一貫して変わっていない」と述べており、ロシアの要求が軟化していないことを強調しました。さらにロシア当局者は「ウクライナはプーチン大統領との直接対話を拒む法律(※ゼレンスキー大統領による交渉禁止令)を撤回すべきだ」と主張し、ウクライナ側の交渉姿勢を批判しています。これらに対しウクライナ政府は、領土割譲や中立化は受け入れられないと断固拒否しており、現在のところ双方の主張の隔たりは極めて大きい状況です。

引用文献

  1. Andrew Osborn and Polina Nikolskaya, “Russia’s Putin authorises ‘special military operation’ against Ukraine,” Reuters, Feb. 24, 2022. (プーチン大統領の演説。ウクライナ東部住民の保護や「非軍事化」「非ナチ化」が開戦理由として述べられている)
  2. “Disinformation in the Russian invasion of Ukraine,” Wikipedia, last edited May 2025. (ロシアのプロパガンダが主張するウクライナの「ネオナチ」や「ジェノサイド」、生物兵器開発説、NATOの脅威論などについて)
  3. Emma Farge, “Russia says ‘real danger’ of Ukraine acquiring nuclear weapons required response,” Reuters, Mar. 1, 2022. (ラブロフ外相の発言。ウクライナが核兵器取得を画策していると非難し、侵攻の正当化に言及)
  4. Mark Trevelyan, “Russia declares expanded war goals beyond Ukraine’s Donbas,” Reuters/Euronews, Jul. 21, 2022. (ラブロフ外相の発言。戦争目的が当初のドンバス限定からヘルソン州やザポリージャ州にも拡大したことを認めた)
  5. “Peace negotiations in the Russian invasion of Ukraine,” Wikipedia, last edited May 2025. (ロシアの開戦前要求および開戦後の停戦交渉に関する解説。NATO不拡大やクリミア承認、ウクライナの非軍事化・非ナチ化要求などが記載されている)
  6. Anna Fratsyvir, “Russia demands recognition of Crimea, other Ukrainian regions’ annexation in any peace talks,” The Kyiv Independent, Apr. 28, 2025. (ラブロフ外相インタビュー。ロシアが和平交渉の条件として提示している要求事項について述べている)
  7. Rachel Treisman, “Putin’s claim of fighting against Ukraine ‘neo-Nazis’ distorts history, scholars say,” NPR, Mar. 1, 2022. (プーチン大統領やロシア当局者による「ネオナチ」論や「人間の盾」発言についての報道)
  8. Michelle Nichols, “As U.N. Security Council met, Russia attacked Ukraine,” Reuters, Feb. 23, 2022. (国連安保理におけるロシア大使の発言。国連憲章51条(自衛権)を根拠に侵攻を正当化した旨が報じられている)
  9. Samuel Charap and Khrystyna Holynska, “Russia’s War Aims in Ukraine: Objective-Setting and the Kremlin’s Use of Force Abroad,” RAND Corporation, Aug. 13, 2024. (ロシアの戦争目標と公式声明の変遷についての分析レポート)