まとめ
感染者が呼吸・会話・咳・くしゃみなどをすると、ウイルスを含む飛沫が環境中に飛散します。会話や咳で飛散する大きな粒子は、多くの場合2 m以内に床面に沈着しますが、室内の気流によっては5 m程度飛散することもあります。また、飛沫核などの小さな粒子は、沈着せずに数時間もしくはそれ以上室内を漂う可能性もあります。室内空気中からウイルスが除去される経路としては、床面や壁面への沈着、換気による屋外への排出、ウイルスの不活化があります。10 μmを超えるサイズの粒子ではほぼ沈着で除去されますが、数μm以下の粒子では換気と不活化の寄与が大きいと考えられます。室内を漂うエアロゾル上の新型コロナウイルスの不活化の半減期は1.1時間程度という報告があることから、換気をしなければ1時間後でも半分のウイルスは活性を持っている可能性があると考えられます。さらに、日本の一般家屋の日常生活時の換気回数は、春夏で1.2–1.7回/h、秋冬で0.6回/h程度であり、病室などで感染対策として取られる換気回数よりはるかに低いため、室内濃度をより効率的に低減させるためには窓開け換気が推奨されます。ただし、屋外の風向や風速によっては、窓開け換気でも十分な換気量が得られないケースもあると思われます。空気清浄機については、コロナウイルスについての研究はありませんが、ウイルスについては一定の効果が認められているため、有用であると思われますが、換気との併用が望ましいでしょう。マスクについては、感染者からの感染リスク低減に効果があると思われるため、着用が望ましいと考えられますが、それらの研究の整理については、別の機会に譲りたいと思います。また、本稿では対象としませんでしたが、接触感染の防止のために、うがいや手洗いを徹底することが、感染防止の観点からも非常に大事だと考えられます。

【室内における沈着と再飛散】
大きな粒子では重力沈降により床面に沈着したり移流により壁面に沈着したりすることが多く、小さな粒子では拡散により床面だけでなく天井や壁面や家具などの表面に沈着することが多いとされています。100 μm, 10 μm, 0.1 μmの粒子の床面に沈着する割合は43%–79%、0.6%–18%、2.5%–18%と仮定でき、壁面に沈着する割合は8.7%–47%、51%–86%、51%–89%と仮定できるとしている研究もあります15)。
大きい飛沫は重力沈降により数秒から15秒程度で床面に沈着しますが、小さい粒子はより長時間空気中を漂っています14)。ウイルス(バクテリオファージ T4)の床面への沈着は、大きな大腸菌のケースと違い、咳をした近く(0.5 m)では少なく、3 m離れた位置で高く、5 m離れた地点でも0.5 mの地点より高かったという報告があり27)、感染者から少し離れた場所で床面に沈着する量が多いと思われます。ちなみに、温度21–23°C相対湿度40%の実験室で行った実験では、銅、段ボール紙、ステンレス鋼、プラスチックの表面における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の不活化の半減期の中央値は、0.77時間、3.5時間、5.6時間、6.8時間とされており、最大では48時間後のステンレス鋼表面(初期値の0.8%)や72時間後のプラスチック表面(初期値の2%)でもウイルスの活性が確認されたとされており19)、沈着後もしばらくは活性を維持していると考えられます。他にも、温度22°C相対湿度65%の実験室において、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含む液を表面に滴下したところ、印刷用紙とティッシュペーパでは3時間後まで、木材や布は2日後まで、ガラスや紙幣は4日後まで、ステンレス鋼やプラスチックは7日後まで活性を有していた(初期値の~0.1%)とする報告もあります29)。ただし、これらは実験室内でコントロールされた条件下の試験であり、実環境中では温度・湿度・紫外線の影響をウイルスが受けうることや、ウイルスの活性を調べているがヒトへ感染するかどうかを調べている試験ではない、という点には注意が必要です。実環境における報告では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の患者の病室において、ドアノブやベッドレールなどの手の触れるところだけでなく、床や窓や排気ファンなど沈着したと考えられる箇所からもウイルスが検出されています5,12)。室内の床面や各種表面に沈着したウイルスからの接触感染の可能性もあるため、床面やテーブルやドアノブ等の表面について消毒用エタノールや適切に希釈した次亜塩素酸ナトリウム液を使用した殺菌処理を定期的に行うことが必要と考えられます。ただし、次亜塩素酸ナトリウムは、皮膚に対する刺激があり、また消毒した表面に腐食や変色を起こす可能性があります。
室内の床面上のダストは、歩行やドアの開閉や掃除などの人の活動によって再飛散(巻き上げられること)が起こります30)。ダストのサイズ・性状や床面の材質や環境条件によって、再飛散率は大きく異なりますが、金属粒子などのダストの再飛散率は0.000001%–0.1%、カビやバクテリアなどの再飛散率は0.0001%–0.1%とされています30)。再飛散率が高くないためか、ウイルス(バクテリオファージ T4)を用いた試験では、ウイルスが検出された床上を歩いた時に、気中からウイルスは検出されませんでした27)。

【室内空気の清浄化】
フィルターによる粒径別粒子の捕集効率は、0.1 μm前後で非常に低く、数 μm以上や0.01 μm以下では非常に高いとされています25)。ただし、粒子捕集効率はフィルターによって大きく異なっており、40% ASHRAEフィルター、85% ASHRAEフィルター、標準ファーネスフィルターの粒子捕集効率は、10 nm以下の粒子では、それぞれ40%–100%、40%–100%、100%、数10 nm–数100 nmの粒子で10%以下、20%以下、40%–80%、数 μm以上の粒子では80%–100%、100%、100%だったという報告もあります25)。(ASHRAEは、アメリカ暖房冷凍空調学会のことで、空調システムや換気などに関する各種規格の策定もしている組織です。40%と85%は、研究された当時のASHRAEの規格での粒子の捕集効率と思われます)。静電フィルターでは、これらのサブミクロン領域の低捕集効率が改善され、0.03–0.6 μmの粒子の捕集効率は、市販のHEPAフィルターでそれ以上ではほぼ100%(0.03 μmのみ97%程度、放電状態では40%–90%)、作成したCMフィルターで85%以上(放電状態では30%–80%)、市販のMERV13フィルターで60%以上(放電状態では数%–25%)と向上したとされています26)(HEPAフィルターは、JIS(日本工業規格)で粒径0.3 µmの粒子の捕集効率が99.97%以上とされるフィルターです。CMフィルターはこの研究において作成された市販でない複合素材でのフィルターです。MERVは、米国のフィルターの規格(ASHRAE 52.2 (2007))でMERV 1からMERV 16まであり、MERVE13は0.3–1 μmの粒子の捕集効率が75%以下とされているものです。ちなみに、MERVE16は、0.3–1 μmの粒子の捕集効率が95%以上とされています)。市販の空気清浄機は、数m3/分から10 m3/分のため、HEPAフィルターが搭載されているものであれば、12畳の部屋で3–15回/h程度の換気に相当する可能性があります。HVACシステムでフィルターを通して空気清浄化を行った場合(循環回数0.8–0.9回/h)、咳を模した装置から発生するウイルス(バクテリオファージ T4)の気中濃度は、0.5 m離れた位置では3種類のどのフィルターでも20%程度しか減少せず、3 m離れた位置では20%–80%、5 m離れた位置では70%–98%、12%–92%とフィルターごとに大きく異なる効率で減少します27)(HVACシステムは、暖房・換気・エアコンの機能を一体化したシステム)。HEPAフィルターを搭載した大型の空気清浄化システムを使用した場合(51回/h)、ウイルス(バクテリオファージ MS2)を含むエアロゾル発生器から発生させたウイルスはバクテリアやカビよりは除去効率が低いものの、95%が除去されたとする報告もあります28)。ただし、HEPAフィルターも製品によって性能に違いがあることやウイルスの種類によって効果が小さい場合もありうることには注意が必要です。これらのことから、空気清浄機を使用する場合にも、換気との併用が望ましいと思われます。また、フィルターの取り換え時の曝露が懸念されるため、フィルターの交換は手袋やマスクをした上で、屋外において行うことが望ましいでしょう。

引用:http://www.siej.org/sub/sarscov2v1.html