新型コロナウイルスの接触感染リスク対策の構築には,病原性微生物制御に関する膨大な先行知見が参考となる。
特に,重要な指摘としては,「殺菌効果のない製品や器具で清掃行動を行った場合,その行為は微生物汚染域の拡大につながる」という事項が挙げられる(CDC, 2008)。
この指摘はウイルス除染に対しても適用されなければならない。
すなわち,ウイルス除染においても不活性化効果のない溶液,器具を用いて清掃行動を行った場合,
ウイルスの非意図的な拡散をもたらす。
これを回避するためには用いる溶液や器具を1回使い捨てにするか,溶液,器具にウイルス除染効果を付与することが必要不可欠となる。
ウイルス不活性化技術の調査指針
エタノールや次亜塩素酸ナトリウム以外に汎用
製品でウイルス不活性化効果を発揮できる化合物
としてはどの様なものがあるか。候補となる化合
物は,各種環境表面の除染を目的とする汎用製品
への配合が可能で,安定供給性があり,かつ既存
のコロナウイルスやインフルエンザウイルスに対
して不活性化効果のある化合物となる。ウイルス
不活性化効果を有する化合物による除染技術の研
究は,世界各国の学術文献や米国FIFRA規制の
抗ウイルス剤審査の枠組みの中で数多く検討され
てきた(Kampf et al., 2020; US-EPA, 2020)。興味深
いことに,SARS-CoV, MERS-CoV,ヒトコロナ
ウイルス(HCoV)といった既存のコロナウイルス
では,消毒剤への不活性化応答性はある程度類似
することが確認されている(Kampf et al., 2020)。
新型コロナウイルスも従来型もエンベロープを持
ち,膜タンパク質などの表面構造の物性も似てい
ることから,従来型のウイルスで効果が確認され
ている化合物は新型に対しても効果を示す可能性
が高い(US-EPA, 2020; European Centre for Disease
Prevention and Control, 2020)。
コロナウイルス,インフルエンザウイルスに対して不活性化効果を有する化合物
4.2.2.に示したシステマティックレビューの手
法による調査結果を,表3にまとめた。各ウイル
ス不活性化化合物について,終濃度,試験ウイル
ス種・株,接触時間,ウイルス減少量,引用を表
中に記した。
5.1 アルコール類
ウイルス制御に使用されるアルコール類として
は,エタノール,2-プロパノール,1-プロパノール
が知られているが,中でもエタノールについては
ウイルス不活性化効果が広く報告され,実用化さ
れてきた。WHOが推奨するエタノール濃度は70%
以上であり,手指消毒剤としてはエタノール濃度
80%の処方を推奨している(WHO, 2020)。それより
低濃度での不活性化効果も報告されており,コロ
ナウイルスに対しては35%,1分間接触で5 log10を
越える減少,インフルエンザウイルスに対しては
27.9%,30秒間の接触で4 log10を超える減少が確
認されている(Kariwa et al., 2004; Hirose et al., 2019)。
さらに最新の知見としてはSARS-CoV-2に対して
30%,30秒間の接触で5.9 log10以上の減少が報告
された(Kratzel, 2020)。他方,北里大学による最
新の検証では,終濃度81%, 63%, 45%, 27%, 9%の
各エタノール濃度でSARS-COV-2の不活性化能が
試験され,45%以上では十分な不活性化あり,そ
れ未満では顕著な不活性化効果は再現されなかっ
たとの報告が公表された。なお,北里大学では各
濃度のエタノール溶液とウイルス懸濁液を9 : 1
で混合しており,終濃度は表3の値となる(北里
大学,2020)。これらの既存知見を統合すると,
45%以上の中高濃度域ではコロナウイルス不活性
化能は確かであろう。45%未満~27%付近の低濃
度域では,エタノールの有効性は実験条件など諸
因子に影響を受けるものと考えられる。
他のアルコール類としては2-プロパノール(イ
ソプロパノール)の報告が多い。WHOが推奨す
る手指消毒剤(2-プロパノールベース)の2-プロ
パノール濃度は75%であるが,これよりも低い
濃度での効果も確認されている。具体的には
50%,10分間の接触でヒトコロナウイルスの代替
ウイルスであるマウス肝炎ウイルス(MHV),犬
コロナウイルス(CCV)は3.7 log10を越える減少が
報告されている(Saknimit et al., 1988)。国際社会
においては宗教上の理由(ハラル)によりエタ
ノール製品が避けられる場合もある。イスラム教
徒が多く暮らす地域では2-プロパノールの消毒剤
が広く流通されている。来日する渡航者のために
も,エタノール以外のアルコール製品の入手性の
向上は,ダイバーシティ &インクルージョンの
観点からも尊重されるべき社会課題である。
アルコール類のエンベロープウイルスの不活性
化メカニズムは,エンベロープの破壊および膜タ
ンパク質の変性が関与すると考えられている
(McDonnell and Russell, 1999; Pfaender et al., 2015)。
エタノールと2-プロパノールの不活性化効果を比
較すると2-プロパノールの方が高い傾向にある
(Siddharta et al., 2017)。細菌に対する研究におい
ては,アルコール類のタンパク質変性作用は,水
と共存している方がより強くなることが報告され
ており,このため一般的にアルコールと水を一定
の割合で混ぜたものが使用される(CDC, 2008)。
夾雑物存在下では殺菌効果が低下することが知ら
れており,目に見える汚れが存在する場合は使用
前に洗浄が必要となる(CDC, 2008)。表中35%エ
タノールでの有効性は,70%エタノールを1 : 1の
液–液混合条件で評価した結果であり,濡れた場
所に対しても70%エタノール製品は有効である
との実使用条件を担保する結果と言える(Kariwa
et al., 2004)。
5.2 界面活性剤
界面活性剤は,一つの分子中に親水基と疎水基
を持つ化合物で,様々な種類が存在するが,大き
くは親水基の種類により,陽イオン性(カチオン)
界面活性剤,非イオン性(ノニオン)界面活性
剤,陰イオン性(アニオン)界面活性剤,両性界
面活性剤に分けられる。界面活性剤は洗浄,起
泡,乳化,分散,可溶化,浸透など,様々な用途
に用いられる。界面活性剤は低濃度では溶媒中で
単一分子として存在しているが,臨界ミセル濃度
(CMC)以上では,溶媒中でミセルと呼ばれる自
己集合体を形成する。ミセルが形成されると不溶
性物質の可溶化など単一分子では見られなかった
働きが発現する。生体脂質二重膜と界面活性剤の
CMCの関係は,洗剤機能研究や膜タンパク質抽
出・可溶化の分野で知見が多い。例えば,界面活
性剤をCMC以上の濃度で用いることにより脂質
膜を可溶化し膜タンパク質の抽出,可溶化が行わ
れている(Garavito and Ferguson-Miller, 2001; Arnold
and Linke, 2007; メルク,2019)。また,ウイルス
同様,脂質二重膜とタンパク質を最外層に有する
細菌に対する殺菌効果においても界面活性剤の
CMCが関与する(Kihara, 1998; Inácio et al., 2016)。
このように,界面活性剤は濃度で性質が大きく変
化することからCMCを理解することが極めて重
要となる。CMCの値は界面活性剤の構造,特に
アルキル基の鎖長に依存し,また塩濃度や温度,
pHなどの環境要因によっても容易に変化する。
したがって,界面活性剤のウイルス不活性化に関
する知見の整理や実験を行う際には試験条件に十
分に注意する必要がある。国内では2020年4月か
らNITEにより各種界面活性剤のSARS-CoV-2不
活性化効果の検討が進められており,5月下旬の
中間報告までを本調査報告に加えた。
5.2.1 陽イオン性界面活性剤
殺菌剤として知られる四級アンモニウム塩の塩
化ベンザルコニウム(BAC),ジデシルジメチルア
ンモニウムクロライドを含むジアルキルジメチル
アンモニウムクロライド(DDAC)は,米国FIFRA
規制審査データを中心にウイルス不活性化効果が
多数報告されている。BACは0.05%,10分間の
接触でMHV, CCVに対して3.7 log10を越える減
少が報告されている(Saknimit et al., 1988)。また,
SARS-CoV-2に対しても,0.05~0.09%の濃度で
3.8 log10以上不活性化できることが報告されてい
る(Chin et al., 2020; NITE, 2020)。インフルエンザ
ウイルスに対する効果としては0.05%, 30分間の
接触で7.8 log10以 上 の 減 少, さ ら に 低 濃 度 の
0.01%, 20分間の接触で3.7 log10の減少が報告され
ている(Abe et al., 2007)。同様に,ジデシルジメ
チルアンモニウムクロライドにおいてもウイルス
不活性化効果が報告されており,0.0025%,3日
間の接触でCCVに対し4 log10を越える量を不活
性化が確認された(Pratelli, 2007)。しかしながら,
本化合物は一定濃度以上では細胞毒性を示すこと
が知られており,このPratelliの報告では毒性の
調査が不十分とも読める。したがって,この評価
結果に関しては更なる調査が必要と思われた。
DDACはSARS-CoV-2に対して0.025%,20秒間の
接触で4 log10以上の減少や,終濃度0.009%,5分
間の接触で4 log10を越える減少が確認されてい
る。塩化ベンゼトニウムはSARS-CoV-2に対して
0.05%,1分間の接触で5 log10以上の減少や,終
濃度0.045%,5分間の接触で4 log10を越える減少
が確認されている(NITE, 2020)。なお,NITEの報
告書に記載の北里大学の試験では,試験溶液とウ
イルス懸濁液を9 : 1で混合しているため,NITE
の報告書に記載された濃度ではなく,終濃度で記
載した。これら陽イオン性界面活性剤がエンベ
ロープウイルスを不活性化するメカニズムとして
は,エンベロープウイルスの最外層の脂質膜とタ
ンパク質と陽イオン性界面活性剤が相互作用する
ことで膜の破壊やタンパク質変性がもたらされ不
活性化につながると考察されている(McDonnell
and Russell, 1999)。殺菌効果を示す際と同様に,
相互作用においては陽イオン性界面活性剤の電荷
が重要になるため,静電的な相互作用はpHや夾
雑物(対となる陰イオン,有機物)などの影響を
受けやすい(Jono et al., 1986; Merchel et al., 2019)。
そのため,陽イオン性界面活性剤自体やそれを含
む製品のウイルス不活性化効果を調べる場合は評
価試験条件および実使用条件に十分配慮する必要
があるだろう(Saknimit et al., 1988; Abe et al., 2007;
Oxford et al., 1971)。米国FIFRA規制では,本化合
物カテゴリーを主剤とする抗ウイルス製品の認可
事例が多く,COVID-19に有効な製品として202
製品がリストされている(4月14日時点,US-EPA,
2020)。
5.2.2 非イオン性界面活性剤
非イオン性界面活性剤であるポリオキシエチレ
ンアルキルエーテルはSARS-CoV-2に対して,
0.1%,5分間の接触で4 log10以上の減少,0.2%,
5分間の接触で,5 log10の不活性化効果が認めら
れた(NITE, 2020)。同じく非イオン性界面活性剤
であるアルキルグルコシド(AG)はSARS-CoV-2に
対して,0.05%濃度,20秒間の接触で5 log10以上
の減少や,終濃度0.09%の濃度,1分間の接触で
4 log10の不活性化効果が認められた(NITE, 2020)。
また,オクチルフェノールエトキシレート(製品
名:Triton X-100)やモノオレイン酸ポリオキシエ
チレンソルビタン(製品名:Tween 80)は有機溶
媒であるリン酸トリブチル(TNBP)と併用した場合
にウイルス不活性化効果が確認されている。これ
らの組み合わせはS/D(solvent, detergentの略)処
理と呼ばれ血液製剤の製造等において用いられる
(Darnell and Taylor, 2006)。コロナウイルスに対し
てはTriton X-100, TNBPそれぞれ1%,0.3%,の濃
度で2時間接触させるとBSA存在下でも3 log10を
越える減少が確認されている。また,Tween 80,
TNBPもそれぞれ1%,0.3%の濃度で4時間接触さ
せると同様にBSA存在下でも3 log10を越える減少
が確認さ れている(Darnell and Taylor, 2006)。
インフルエンザウイルスに対しては同様の濃度,
1分間の接触で3 log10以上の減少が確認されてい
る(Jeong et al., 2010)。
ウイルス不活性化の主なメカニズムとしては有
機溶媒および界面活性剤によるエンベロープの破
壊が考えられている(Hellstern and Solheim, 2011;
Pfaender et al., 2015)。グリセロールと脂肪酸のエ
ステルであるモノグリセリドは非イオン性界面活
性剤であり,食品添加物として用いられている。
モノグリセリドの1種であるモノカプリンは殺菌
効果も知られている(Takahashi et al., 2012)。この
モノカプリンはインフルエンザに対する不活性化
効果も報告されており,0.25%,1分間の接触で
3 log10以上の減少が確認されている(Hilmarsson
et al., 2007)。
5.2.3 陰イオン性界面活性剤
陰イオン界面活性剤である,直鎖アルキルベン
ゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)は,0.1%濃度,
5分間の接触で,SARS-CoV-2に対して,4 log10を
越える不活性化効果が認められた(NITE, 2020)。
タンパク質の可溶化剤として知られているコール
酸ナトリウムもTriton X-100, Tween 80同様,
TNBPと併用することで不活性化効果が確認され
ている。具体的には,コール酸ナトリウム0.2%
とTNBP0.3%の併用系においてSARS-CoVに対し
て2時間接触で3 log10を越える減少が報告されて
いる。しかしながら,Triton X-100やTween 80と
は異なり,夾雑物存在下では著しい効果の低下が
見られ,上記濃度のコール酸塩とTNBPは25%
BSA存在下ではSARS-CoVと6時間接触させても
1 log10の減少も確認されなかった(Darnell and
Taylor, 2006)。オレイン酸カリウムは単独で不活
性化効果が確認されており,0.11%,3分間の接
触でインフルエンザウイルスに対し4 log10より多
くの減少が確認されている(Kawahara et al., 2018)。
作用機序としてはドデシル硫酸ナトリウム(SDS)
や一部の陰イオン性界面活性剤の知見からエンベ
ロープの破壊,タンパク質変性が関与していると
考えられる(Imokawa et al., 1976; Kampen et al.,
2017)。
5.2.4 両性界面活性剤
アルキルアミンオキサイドは,SARS-CoV-2に
対して,0.1%濃度,20秒間の接触で5 log10の不
活性化効果や終濃度0.045%濃度,1分間の接触で
4 log10を越える不活性化が確認された(NITE,
2020)。それ以外の両性界面活性剤に関しては,
コロナウイルスやインフルエンザウイルスに対す
る不活性化効果については報告が見られなかっ
た。しかしながら,アルキルアミンオキサイドを
含め,スルホベタインおよびその混合物がHIV
を含めた他のエンベロープウイルスに対して不活
性化効果を有することは知られている(Krebs
et al., 1999; Conley et al., 2017)。Conleyらの報告に
おいては不活性化効果がCMC以上で確認されて
いたことから,両性界面活性剤の不活性化にはエ
ンベロープの破壊が関与していると予想される。
5.3 有機酸
多様な有機酸の中で,クエン酸は0.05%,20分
間の接触でインフルエンザウイルスに対し,
4.7 log10の減少が報告されている(Oxford et al.,
1971)。しかしながら,あくまでpH 3.2の結果で
あり,クエン酸が幅広いpHにおいて同様の効果
を示すかはさらなる検討で明らかにする必要があ
ると思われる。麦芽酢は濃度1%,60分間の接触
でインフルエンザウイルスに対し,7 log10を越え
る減少が認められている。この報告において,同
条件でのウイルスの遺伝子コピー数に変化は見ら
れなかったことから,麦芽酢はウイルスのエンベ
ロープに存在するタンパク質に作用したことが示
唆されている(Greatorex, 2010)。
5.4 次亜塩素酸ナトリウム
漂白剤として汎用される次亜塩素酸ナトリウム
はコロナウイルス及び,インフルエンザウイルス
いずれに対しても不活性化効果を有することが確
認されている。SARS-CoVに対しては,0.045%,
5分間の接触で3 log, MHVに対しては0.21%,
30秒間の接触で4 log10以上減少させることが確
認されており,インフルエンザウイルスに対して
は0.1%,30分間の接触で7.2 log10の減少が確認さ
れている(Lai et al., 2005; Abe et al., 2007; Dellanno
et al., 2009)。
作用機序としては殺菌効果を示す際と同様,ウ
イルス不活性化においてもタンパク質の変性が関
わっていると考えられる。タンパク質の酸化,塩
素化による変性,DNAの損傷が複合的にかか
わっているものと考えられ,その効果は主に解離
していない次亜塩素酸によってもたらされるとさ
れている(CDC, 2008)。次亜塩素酸ナトリウムの
効果は一般に水の硬度に影響を受けないとされ
る。他方,pHによって塩素ガス,次亜塩素酸と
次亜塩素酸イオンの存在比が変わり,それぞれの
ウイルスに対する不活性化効果は異なるため,次
亜塩素酸ナトリウム自体の有効性はpHで変動す
る。このpH依存性は試験設計を行う上で特に注
意しなければならない点と言える。具体的には,
培地中でウイルスと次亜塩素酸ナトリウムを反応
させようとした場合,その混合液は培地の緩衝能
により中性域になると予想される。一方で市販さ
れる次亜塩素酸ナトリウムはアルカリ性であり,
実使用場面での希釈条件でもpHは10前後とな
る。また,一般に次亜塩素酸ナトリウムは有機物
存在下では効果が低下する。これらのことから,
培地中での接触試験は実環境を反映できていない
可能性を考慮しておく必要がある。実環境での条
件を模倣するためには更なる評価系の改良が必要
となろう。更に,低pH下で発生する塩素ガスは
有毒なため,使用に際しては低pH条件にならな
いよう注意する必要がある。特有の塩素臭があ
り,粘膜等の人体への刺激性も小さくないため,
使用に際してはメガネやマスク等の適切な保護具
の着用,換気が必要となる。また,金属を腐食さ
せることも知られている。(CDC, 2020; WHO, 2014)。
なお,次亜塩素酸水については,NITEにおい
て電気分解による次亜塩素酸水に対する有効性評
価が進められているが,本報告時点ではまだ評価
の結論が得られていない(NITE, 2020)。国内で
は,1分間の接触でSARS-CoV-2を4 log10以上不
活性化できるとの報告があるものの(帯広畜産
大,2020),手指の接触部位をターゲットとした
環境表面の除染と異なり,空中噴霧による次亜塩
素酸水(ミスト)はヒトの吸入曝露に対するリス
クアセスメントも別途必要となる。慎重な用途設
計がなされなければならないだろう。
5.5 過酸化水素
酸素系漂白剤などに汎用される過酸化水素は
0.5%,1分間の接触でコロナウイルスに対し
4 log10を越える減少が確認された。作用機序とし
ては,ヒドロキシラジカルを一過性で発生するこ
とにより,エンベロープ,およびDNA/RNAを破
壊すると考察されている(Omidbakhsh and Sattar,
2006)。
5.6 アルデヒド類
医療器具の殺菌に用いられるホルムアルデヒド
はSARS-CoVに対し0.7%で2分間接触させると3
log10を越える減少が確認されている(Rabenau
et al., 2005a)。同様の用途で用いられているグル
タルアルデヒドはSARS-CoVに対し0.5%,2分間
接触させると,4 log10を越える量の減少が確認さ
れている(Rabenau et al., 2005a)。作用機序として
は,微生物に対する殺菌作用で知られているのと
同様,タンパク質の変性が関わっていると考えら
れる。粘膜等の人体への刺激性も小さくないこと
から,使用に際してはメガネやマスク等の適切な
保護具の着用,換気が必要となる。
5.7 ポビドンヨード
皮膚消毒やうがい薬等の殺菌用途が知られるポ
ビドンヨードは,ヨウ素とポリビニルピロリドン
から成る。ポビドンヨード0.23%を,15秒間接触
させることで SARS-CoV, MERS-CoV に対し
4 log10以上の減少が見られた(Eggers et al., 2018)。
作用機序としては殺菌でのメカニズムと同様,放
出されるヨウ素が関わっていると考えられる。同
じエンベロープウイルスであるC型肝炎ウイルス
を用いた研究においてポビドンヨードはウイルス
の核酸,脂質,タンパク質に作用することが報告
されている(Pfaender et al., 2015)。
5.8 カテキン類
カテキン類は,植物由来のポリフェノールの一
種で,殺菌効果が知られている。カテキン類を豊
富に含む緑茶抽出物はインフルエンザウイルスに
対して0.1%, 10分間接触させることで,5 log10以
上の減少が確認されている(Lee et al., 2017)。カテ
キン類の一種である没食子酸エピガロカテキン
(EGCg)はインフルエンザウイルス表層のヘマグ
ルチニンと相互作用し宿主細胞への吸着を阻害す
ることで不活性化をもたらすことが知られている
(Kaihatsu et al, 2018)。また,EGCgは大腸菌の細
胞表層に存在するポーリンタンパクに吸着するこ
とで殺菌作用を示すことが知られている
(Nakayama et al, 2013)。また,最新報告では,
EGCgがSARS-CoV-2のスパイクタンパクに相互
作用する可能性が計算科学的手法によって示され
ている(Maiti and Banerjee, 2020)。以上の知見か
ら,カテキン類,特にEGCgはウイルス表層のタ
ンパク質に吸着することによってウイルス不活性
化効果をもたらすと考えられる。
引用:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjra/30/1/30_5/_pdf/-char/ja