ゼロから100万人の利用者を獲得するには

2007年、ヨニ・アッシアは、24歳の若さで「イートロ」を設立した。
彼を含め社員はたった三人での船出だった。
ヨニの起業家精神はイスラエルではじめてソフトウェア会社を立ち上げナスダックに上場させた父親から譲り受けたものだろう。

イートロは、ほかとは違う一風変わったFX取引仲介業者である。
その大きな特徴はネット上でオンライン・ゲーム感覚で取引ができることだ。

しかし、イートロは初心者にはわかりやすいと受け入れられたが、凄腕トレーダーには物足りないといわれた。
ヨニたちは取引プラットフォームの改良を重ねたが、それでもまだ「投資の強者」たちからの評判はいまひとつであった。

イートロには、チャット機能がついており、トレーダー同時が情報交換をしたり、リアルタイムで質問をしたりすることができた。
それに関してユーザーへの聞き込み調査ででわかったことがあった。
熟練のトレーダーから指南を受ける事ができた初心者たちは、トレードを開始する確率が上がり、サイトに留まる事が高くなったのだ。

またしてもヨニの頭に、斬新なアイデアがひらめいた。彼と仲間たちは、「オープンブック」と名付けたサービスを開始した。
このプラットフォームではトレーダー同士が掲示板やチャット機能を使い、情報交換ができるだけでなく、トレーダーたちの成績のランキングを閲覧でき、利益をあげているトレーダーの取引をワンクリックでコピーすることができた。

画期的なのはそれだけでない。なんとコピーされる回数が多い人にはボーナスが出るのだ。
そのうえ、人気トレーダーになると、またもやボーナスが手に入るのである。
オープンブックのこのしくみは、初心者にはもちろん、腕に自信がある投資家にとっても魅力的だ。
FXにソーシャル・ネットワーク・サービスを持ち込んだことで、2011年にはイートロの利用者は100万人達し、社員数も200人に増えた。

 

とはいえ、若き起業家であるヨニにとっては、そこはまだゴールではなかった。
彼は経験不足を補うために、若手経営者の交流の場「ヤング・プレジデント・オーガニゼーション(YPO)」に入会した。

ちなみにYPOは世界に2万人以上のメンバーを擁する組織で、毎月少人数の”フォーラム”と呼ばれる意見交流会を行っている。

 

 

 

YPOのメンバーとともに研究を行ったところ優れた戦略にはシンプルなルールがあった。

1.「利益の針」をはっきりさせる
2.ボトルネック(障害)を見つける
3.ルールを強化する

 

1.「利益の針」をはっきりさせる

会社が利益を上げるには何をどうすればいいのだろう。
その会社がもっとも重要視しており、かつ、長期的にわたって利益をもたらしているものは何だろう。
シンプルなルールはその分野にフィットするものでなくてはならない。

もし、その会社が経済的な価値を生み出していれば(そして、競合他社からその価値を守ることができていれば)、将来的にその会社に利益がもたらされるだろう。
また、その企業が成功しているかどうかを判断するには、マーケット・シェアや収益成長率、顧客満足度なども、需要なマーカー(指標)になる。

「経済的な価値を生む」ことは、会社にとって「何が大切か」ということを知る際の、重要な指標になる。
ただ、これだけだとややあいまいなコンセプトかもしれない。

上下に並んだ二本の針を想像してほしい。
これは成長線を縫う針だ。上の針は「顧客があなたの会社の製品やサービスに払ってもいいと思う値段」である。
たとえば自動車メーカーの「アウディ」の針と「ヒュンダイ」の針を比べると、アウディほうが高い位置にあることはわかるだろう。

もう一本の針は、「製品を作るためにかかったコスト」である。
例えば、「イケア」といえば、安さが売りの巨大な倉庫型家具店だ。倉庫型の販売形態は経費を抑えることができるため、低価格でもイケアは高い利絵域を生み出せるのである。
先の針の図でいうと、イケアは下の針が同業他社に比べるとはるかに低い位置にある。

もちろん、上下の針のギャップが大きければ大きいほど、「経済的な価値を生んでいる」といえる。

 

ここで浮かんでくる疑問は、「何が針を動かすのか」ということだ。
広告を打てばブランド価値が上がり、顧客が払ってくれる金額が大きくなるかもしれない。
また、材料の質を少し下げることで、コストが削減できるかもしれない。

ヨニ・アッシアが経営するイートロの場合は、「熟練トレーダー」の存在が最大の売りだ。
彼らを増やすことで、新しい顧客をもっと招きいれることができる。

そうなれば、「熟練トレーダー」たちもハッピーである。
彼らのトレード履歴が初心者たちに、コピーされればかれら自身に収入があることは先にも触れた。
こうしていい循環が生まれる。

 

経済的価値を創造するために、まず、企業の経営者はつぎの三つのポイントを検討しておかなければならない。

1.何を売るか(what)
2.誰をターゲットにするか(who)
3.どのように届けるか(how)

この「WWHの法則」はあらゆる業界で応用可能だ。
まず自分がどんなゲームをプレーしているかを知り、そして勝つための戦略を練らなければならない。
まさに、シンプルなルールが効果を発揮する部分である。

 

2.ボトルネック(障害)を見つける

企業が利益を生みだす上で妨げとなる問題点を”ボトルネック”と呼ぶ。
例えば、人材不足、資金不足、在庫不足などがそうだ。

どの企業にもボトルネックは必ずあり、しかもほとんどの企業は複数抱えている。
例えば、イートロの場合は「熟練トレーダー」の人気を得られないことがボトルネックとなっていた。

だが、「シンプルなルール」をつくる際には、その中の一つに焦点を当てる事が重要だ。
「熟練トレーダー」不足が悩みの種だったイートロは、その問題を解決するためだけに専念し、二年後には「カリスマ熟練トレーダー」の数が三倍に増えていた。

 

たしかに、経営者からしたら、山ほどあるボトルネックの中からもっとも重要なものを選ぶのは骨が折れることだろう。
こういう場合は「WWHの法則」に戻って考えるといい。

3.ルールを強化する

ルールなんて、紙とペンがあれば簡単に決める事が出来ると思っている人は多い。
それは、YPOのメンバーも例外ではなかった。

著者のドナルド・サルは「シンプル・ルール・プログラム」を始める際に、あらかじめYPOのメンバーたちに、どんなルールになるかを予想して書いてもらった。
さて、結果はどうだっただろう。彼らの予想は見事に外れた。
ルールづくりには、やってはいけない「鉄の掟」がある。

まず、トップダウン方式は禁物だ。

リーダーが自分の直感に頼ってルールを決めてしまうと、直近の出来事に左右されやすく、個人的なバイアス(偏見)がかかりやすく、また彼らが潜在的に考えていることに反するようなデータは無視しがちになってしまう。

ルールというのは実際にそれを運用する人がかかわって作るべきで、四人から八人くらいで話し合ってきめるといいだろう。
実際にルールを作りを担当するメリットの一つは、彼らこそが現実的なものの見方に一番近いのであり、経験を活かして使い勝手のよいルールに落とし込むことができるからだ。
そして、あまりに不明瞭だとか、仕事の妨げになるような厳しすぎるルールを避ける事もできる。

 

また、実際に使う人間だからこそ、意味不明な専門用語に頼る事なく、使う人々に響くような言葉で作ることができるだろう。
それに、ルールを実践しようというモチベーションも、ただ上から降ってわいたルールとは違ってくる。

イートロはアカウントマネージャーが集まって「熟練トレーダー」を増やすためのルール作りを担当した。

結果は先に挙げた通りである。

 

もっと知るには・・・