1 はじめに
リチウムイオン電池は携帯機器の電源として既に広く使用
されている1-3).また,最近では電気自動車や産業用電池へ
の応用が検討されている4).リチウムイオン電池の構造は比
較的単純で,負極活物質,正極活物質,電解液の三大要素が
積み重ねられた構造をとっており,Li+が正極から負極へ,
負極から正極へと移動することによって電池反応が進行す
る5,6).電極反応は極めて単純で,電解質部分はLi+イオン伝
導体として機能するのみであり,可能な限り少量でよい(鉛
蓄電池などでは,電解質も電極反応に関与する).現行のリ
チウムイオン電池では,非プロトン性有機溶媒にリチウム塩
を溶解した電解質溶液が用いられている7-9).電極は,電極
活物質,バインダー,導電助剤の粉体を固めた多孔質な電極
であるため,電解質が多孔質な電極内部にも均一に分布して
いる必要がある.流動性の高い電解質溶液を使用すれば,自
然に電解質を電極内部に浸透させることができ,比較的簡単
に電池を作製することが可能となる.もし固体電解質を用い
て,同様の電極を作ることができれば,電極,電解質共に固
体である全固体電池の作製が可能となる.全固体電池は,電
解質溶液を使用した電池に比べ,下記のようなメリットを持
つ.
(1)完全な安全性 (2)構造が最適化された電池 (3)高
いエネルギー密度 (4)高い出力密度
このようなメリットを持つ電池を作製するために固体電解質
に関する研究が,近年盛んになっている.

2 全固体電池
全固体リチウムイオン電池とは,リチウムイオン電池の電
解質部分に固体電解質を用いた電池である.固体電解質自体
は,固体酸化物形燃料電池10)やナトリウム・硫黄電池11)に
おいて既に実用化されている.これらの電池の概要をFig. 1
に示す.これらは,活物質が気体または液体であり,固体-
固体接触のない電池である.しかし,全固体型リチウムイオ
ン電池では,活物質自体も固体である.そのため,電池を構
成する場合に電解質固体と電極活物質固体の接触が問題とな
る12).電解質に高分子固体電解質を用いる場合においても,

接触が問題となる.なぜなら,液体電解質に比較して自由度
が小さいからである.ましてや,セラミックス系電解質の場
合,全く自由度のない電解質であるので電池の作製が困難と
なる.このような考え方から,固体電解質を用いたリチウム
イオン電池の作製についてはあまり盛んに研究がなされてい
なかった.しかし,いろいろな技術の発展に伴って,全固体
リチウムイオン電池を作製することが可能となりつつある.
3 リチウムイオン電池と固体電解質
リチウムイオン電池用の固体電解質に関する研究は古くか
らある.高分子にリチウム塩を溶解することができ,これが
イオン伝導体として機能することが報告されている13,14).ま
た,セラミックス材料においても,Li+の移動が可能な材料
が存在することが報告されている15).これら固体電解質は,
液体電解質と違って,不燃性かつ形状安定性に優れているの
で,信頼性,安全性の高い電池を作製することができる16-18).
このように電池の電解質を固体化することで多くのメリット
を得ることができる.ここで,リチウムイオン電池の電極反
応について簡単に述べる.Fig. 2に示したように,リチウム
イオン電池においては正極活物質あるいは負極活物質中に
Li+が挿入されたり,Li+が活物質から引き抜かれたりするこ
とで,電池反応が進行する5,6).言い換えれば,大きな形状変
化を伴うことなく電極反応が進行し,物質内に蓄積されたエ
ネルギーを電気として取り出すあるいは,電気エネルギーを
物質内に蓄積することができる.このような電極反応の場合
には,電解質が固体であっても充放電できると考えられる.
他の電池の場合にはこのようなわけにはいかない.固体電解
質を用いて全固体型リチウムイオン電池を作製できる最大の
要因がここにある.電極反応の進行に伴う体積変化はゼロで
はないので,多少の問題は残るが,それでも固体化に関する
研究は,近年増加している.
4 高分子固体電解質を用いた電池
体積変化の観点からは構造的にゆとりがある高分子系の電
解質が使用しやすいと考えられる.これまでに,60℃程度
の温度で作動する固体電池の開発が行われ,基本的には電池
として機能することが確認されている19).しかし,実際の電
池は室温で作動することが求められる.そのため,固体電解
質の開発が行われてきた.例えば,高分子構造の自由度を向
上させるために枝別れの多い構造を高分子に持たせる工夫
や20),ブロック共重合体を用いて相分離構造を適合して高分
子の運動を活発にさせる工夫がなされてきた21,22).Fig. 3に
枝分かれ構造を有する高分子と相分離構造を有する高分子の
構造モデルを示す.単純にポリエチレンオキサイドのような
高分子を用いてイオン伝導性を向上させることは難しく,普
通はイオン伝導性と機械的な強度がトレードオフの関係にな
り,電池を構成することが難しい.このような欠点を補うた
めには高分子の構造を制御することが必要となる.その一例
として,ミクロ相分離構造を有する高分子電解質の開発が進
められてきた.ミクロ相分離構造を実現するにはブロック共
重合体を用いることが必要となる.Fig. 4にはポリスチレン
とポリエチレンオキサイドからなるブロック共重合体の構造
式を示す.このような化学構造を有する高分子を溶液に溶解
し,それをキャストすることで,自己集合的にポリスチレン
同士とポリエチレンオキサイド同士が相互作用し,ミクロ相
分離構造ができる.Fig. 5には透過型電子顕微鏡写真を示す
22).黒い部分がポリエチレンオキサイド部分であり,構造全
体にナノオーダーで均一に分布していることが分かる.ポリ
エチレンオキサイド部分にリチウム塩を溶解することにより
電解質として機能する.ポリエチレンオキサイドの鎖長が短
いほど高分子の運動性が大きくイオン伝導性は高くなるが,
機械的な強度は低くなる.しかし,ここで示した構造ではポ
リスチレン同士がしっかりと結合しており,機械的な強度を
保ちつつ高いイオン伝導性を実現している(ポリエチレンオ
キサイドの鎖長を短くしても強度を保つことができる).
Fig. 6にはこの高分子固体電解質のイオン伝導性を示す22).
室温で10−4 S cm−1のイオン伝導性を有しており,室温で動作
する電池を作製することができる.例えば,Li金属を負極と
し,LiFePO4電極を正極としてコイン電池を作製すると,
Fig. 7に示すような充放電特性を得ることができ,室温で十
分に充放電可能な二次電池が作成可能である.この電池は,
Li金属を負極として用いており,高いエネルギー密度を実現
できる可能性を有している.
5 セラミックス固体電解質を用いた電池
高分子固体電解質と並んで最近多くの研究が行われている
のが,セラミックス系固体電解質である.セラミックス系の
固体電解質には結晶性の固体電解質と非晶質の固体電解質が
ある.Table 1に,これまでにLi+伝導性が報告されている主
な電解質の導電率を示す.シリカ系の固体電解質は非晶質状
態であり,Li+が移動できる大きな空間を固体内部に有して
いる.その他の酸化物系の固体電解質は結晶性である場合が
多い.ペロブスカイト型の結晶構造を有するLi0.35La0.55TiO3
(LLT)は高いリチウムイオン伝導性を示すことで有名であ
る34-36).この結晶構造のモデルはFig. 8のように描かれ,欠
陥サイトが存在することが分かる.このような欠陥構造を固
体に生成することにより,Li+が容易に移動できるパスが形
成され高いイオン伝導性を示す27).しかし,この材料のイオ
ン伝導性は固体内のLi+の伝導性よりも固体粒子間の接触抵
抗(粒界抵抗)に依存すると考えられている.それでも,
10−3 S cm−1に近いイオン伝導性を示しており37),LLTを使用
した全固体型リチウムイオン電池を構成することが可能であ
る.他にもリン酸塩化合物の多くが高いリチウムイオン伝導

性を示す38).特に2[Li1+xTi2SixP3−xO12]-AlPO(4 LTP)39)や
Li1+xAlxGe2−
(x PO4)(3 LGP)40)などは特に高いイオン伝導性を
有している.LTP,LGPのイオン伝導性はその組成に大きく
依存し(Fig. 9),特定の組成において最大のイオン伝導性を
示す40).この電解質も,10−3 S cm−1程度のイオン伝導性を示
し,電池用電解質として有望である.また,リン酸塩系の電
解質の場合,酸化物の固体電解質ではあまり見られない結晶
化ガラスの状態で得られる41).実際にLTPはそのような材
料である.結晶化ガラス固体電解質の微構造モデルを Fig.
10に示す.粒子と粒子の間にはガラス状態の相が存在し,
粒子間の抵抗を低減している.そのため高い導電性を得るこ
とができる.硫化物系の固体電解質に関する研究も行われて
いる.硫化物系の固体電解質は,酸化物系と比較して,より
分極しやすい硫黄イオンS2−がアニオンとなっており,Li+の

移動に適した構造を有する.中でもナシコン型の結晶構造を
有するチオリシコン42)は,10−4 S cm−1以上の高いイオン伝
導性を示し興味深い材料である43).硫化物系電解質の中にも,
ガラス状態で獲られるものがあり,高Li+伝導性を有する材
料が報告されている44).また,一部にPを導入した材料も報
告されている46).これらの材料も10−3 S cm−1と高いイオン伝
導性を有しており,全固体電池作製に有望な材料である.
Fig. 11に硫黄系固体電解質を用いて作製された電池の充放
電特性を示す45).この電池では,正極にはLiCoO2が,負極
にはリチウムと合金を生成することができる Inが用いられ
ている.また正極は,固体電解質粉末と活物質粉末を混合す
ることにより作製されている.放電容量は,比較的高く約
130 mAh/gとLiCoO2の理論容量(163 mAh/g)47)の約80%
が得られている.
硫黄系の材料はリチウム金属と接触させることができるが,
酸化物系材料でTiなどを含む場合にはリチウム金属と接触
させることはできない.なぜなら,これらの電解質はリチウ
ム金属により還元されるからである48,49).酸化物系の材料の
中で,ガーネット型の構造を有し,構成元素としてZrある
いはTaを含む場合にはリチウム金属と接触させても反応し
ないものがある27,31).Zrの場合には10−3 S cm−1に近い導電率
を有することが報告されている.リチウム金属を負極に使用
できるので,高エネルギー密度を有する電池の作製が可能で
あり,今後の研究が期待される材料である.
リン酸リチウムもLi+導電性を有するが,その値は非常に
低く使用することができない.そこで,リン酸リチウムに窒
素をドープしたLIPONという材料が報告されている50).イ
オン伝導性は10−6 S cm−1程度29)で低いが薄膜として作製す
ることが容易であり51),薄膜用電解質として使用されている.

 

もっと知るには・・・https://www.jstage.jst.go.jp/article/electrochemistry/78/4/78_4_276/_pdf