Maven Smart System(メイブン・スマート・システム)調査報告
概要
Maven Smart System (MSS) は、米国防総省が戦場に溢れる膨大な情報を迅速に処理し、人工知能(AI)を利用してターゲット識別や意思決定を支援するために構築した統合コマンド&コントロールプラットフォームである。2017年に始まった Project Maven の成果を実用化したもので、衛星画像、ドローン映像、レーダー、信号情報、公開情報など150以上のデータソースを融合し、AI/機械学習で重要物体を自動検出・分類する。システムは米軍と同盟軍の全軍種が利用する CJADC2 (Combined Joint All‑Domain Command and Control) 基盤の中心と位置付けられている。米国は2026年3月にMSSを公式なプログラム・オブ・レコードに指定し、長期運用資金を確保する方針を示した。
開発の経緯
| 年月 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2017年 | Project Mavenが開始。ドローン映像からターゲットを自動抽出するAI開発を目指し、Googleが初期技術を提供したが社内反発により2019年に撤退した。軍はAIアルゴリズムと人間オペレーターの協働で作業効率を2倍、最終的には3倍に増やすことを期待した。 |
| 2020 年末 | XVIII空挺軍団が スカーレット・ドラゴン演習 でMSSの前身を開発。複数のセンサーからのデータ取り込みとAIによるターゲット推薦により、目標データの伝達時間を12時間から1分未満に短縮した。 |
| 2023年 | Project Mavenの管理が国防総省から国家地理空間情報局(NGA)に移管された。MSSはNGA主導の開発となり、識別精度向上と正式なプログラム化が進んだ。 |
| 2024年5月 | 米陸軍がパランティアと4億8,000万ドル規模の契約を締結し、MSSを拡張・運用する計画を発表した。同年9月には海兵隊が全軍向けライセンス契約を結び、Foundry・Gaia・Target Workbench・Maverick・LogXなどのツールを通じて「単一画面」でデータ共有とワークフロー統合を実現する方針を示した。 |
| 2025年 | 米中央軍(CENTCOM)、欧州軍、インド太平洋軍が標準的な火力統合プラットフォームとしてMSSを採用。NATOは6か月の調達でMSS NATO版を取得し、AIを利用した戦場認識と目標管理機能を同盟国に提供する契約を締結した。 |
| 2026年3月 | 米副国防長官スティーブ・ファインバーグが各軍に送った書簡で、MSSを2026会計年度末までに正式なプログラム・オブ・レコードとする意向を示し、監督をNGAから国防総省のチーフデジタル・AI室 (CDAO) へ移管し、契約管理を陸軍に任せることを表明した。これにより長期資金が保証され、全軍種への展開が進む見込みとなった。 |
システム構成と機能
Maven Smart Systemは複数のモジュールから構成され、Palantirのプラットフォームで動作する。主な構成と機能は以下の通り。
- データ統合とマッピング – Palantir Foundryと地理情報ツールGaiaが、衛星・ドローン・SIGINT・オープンソースなど150以上のソースからデータを取り込み、リアルタイムで共有できる共同地図を提供する。NGA移管後、識別精度が大きく向上した。
- ターゲット管理 – Maverick・Target Workbench・Target NexusがAI検出から火力支援システムへの連携までを行い、目標の検証、優先順位付け、射撃支援用データ生成を自動化する。一連のプロセスを通じて、従来2,000人規模が必要だったターゲットセルを約20名で運用可能とした。
- コンピュータビジョンとモデル管理 – 広域監視ツール BAS‑T が衛星画像などから自動検出を行い、Model Catalog がAnthropicのClaude、OpenAIのGPT系、Llamaなど複数の大規模言語モデル (LLM) を選択・管理する【640537113675842†L160-L223】。これによりAIエージェントに自然言語で質問して情報を要約し、目標を抽出できる。
- 生成AIアシスト – AIP Assist や AIP Threads など生成AI機能がレポートの要約や戦術分析、法的文書のドラフト作成を支援し、意思決定を高速化する。2025年の業界デモではGPT‑5やSafran.AIなど外部エージェントと連携し、ドローン飛行計画やシミュレーションを自然言語で操作できることが示された。
- セルフサービス開発環境 – Workshop や Slate などのツールでユーザーがデータモデルやアプリを自作し、MSSのメイバン・オントロジーに沿って新しいワークフローを構築できる。
- ロジスティクス支援 – MSSは供給網データを統合し、司令官が在庫や輸送状況を一目で把握できる LogX を提供する。将来的には海上輸送のダイヤや輸送機の位置をAIが予測し、最適な補給経路を提案するなど、全域物流支援へ拡張される予定。
運用と採用事例
軍事演習・戦闘
- スカーレット・ドラゴン演習(2020~) – MSSが誕生した演習で、ターゲット情報の伝達速度を12時間から1分未満に短縮し、AI/ML統合による効率化が実証された。標的セルは少人数で運用でき、複数のデータソースに対応する柔軟性が確認された。
- ウクライナ支援 – 2022年のロシア侵攻時に米陸軍技官がMSSをドイツに展開し、ロシア軍装備の座標をウクライナ軍に提供したと報じられている。
- イスラエル・イラン戦争(2026 年2月) – MSSは開戦初日に数百の攻撃座標を生成し、米軍が24時間で1,000以上の目標を攻撃することを可能にした。しかし、イラン南部の小学校を誤爆した事件で、古い情報が更新されなかったことが原因とされ、AI依存と人間の監督不足が議論を呼んだ。米軍データによるとMSSの物体認識精度は平均60%で、人間分析官の84%より低く、悪天候時には30%未満に落ちる。
部隊・コマンドへの配備
- 米中央軍 (CENTCOM)、欧州軍、インド太平洋軍 (INDOPACOM) – MSSはこれらの戦闘司令部に導入され、標準的な火力・効果統合プラットフォームとして位置付けられている。2025年の海兵隊通知では、各部隊がFoundry・Gaia・Target Workbench・Maverick・LogXを利用して、感知から射撃、機動、戦闘サービス支援まで統合することが強調された。
- NATO・同盟国 – 2025年4月、NATO通信情報庁はPalantirと契約し、MSSを同盟軍の標準AI戦闘指揮システムとして導入することを決定した。契約はわずか6か月で締結され、AIモデルやシミュレーション機能を導入して各国の共通能力を高める予定である。
- 海兵隊と米陸軍の教育 – 米陸軍はプロフェッショナル教育や偵察・兵站コースにMSSを取り込み、兵士が映像やビデオから戦場データを処理する訓練を行っている。海兵隊の指令では、ユーザーアカウント作成や認証、訓練の手順が明記され、各司令部での使用を拡大している。
非軍事用途
- 災害対応 – 2024年のハリケーン「ヘレーネ」では、MSSが初めて災害対応に使われた。衛星画像や気象データ、救助チームの位置情報を同一画面に統合し、FEMAや州政府が資源を効率的に配置できるよう支援した。
- ロジスティクス – 将来計画として、世界規模の補給状況をリアルタイムに可視化し、複数のシナリオに基づいて輸送手段や兵站計画を生成することが示されている。商業輸送や人道支援でも応用可能とされる。
プログラム・オブ・レコード化と契約
- 契約の規模 – Palantirは2024年に米陸軍との480 millionドル契約を獲得し、MSSを5つの戦闘司令部へ拡張することになった。その後、総契約上限は2025年5月に13億ドル超へ引き上げられた。市場予想によれば2029年までに10 billionドル規模の長期契約に発展する可能性がある。
- プログラム・オブ・レコード指定 – 2026年3月20日の書簡でファインバーグ副長官は、MSSを正式なプログラム・オブ・レコードとしてCDAOの管理下に置き、陸軍が契約を担当するよう指示した。これによりMSSは永続的な資金配分と全軍への展開が保証される。
- トレードオフ – 同時期に国防長官がAnthropic社のAIをサプライチェーンリスクとして指定し、6か月以内に使用停止を命じた。しかし多くの軍用ワークフローはClaudeに依存しており、代替モデルへの移行は技術的・コスト面で困難であると報じられている。
論争・課題
- 誤爆と倫理問題 – 2026年2月、イラン南部ミナブの女子小学校が誤って攻撃され、168人が死亡した。報道によれば、MSSで使われたデータが更新されておらず、学校がかつての軍事施設として分類され続けていたことが原因で、人間の確認手順が機能しなかった。この事件は、**AIが提案した目標を人間が確認せずに承認する「自動化バイアス」**の危険性を浮き彫りにした。
- 精度と信頼性 – 米国防総省のデータでは、MSSの識別精度は約60%で、人間分析官の84%より低い。悪条件では30%未満に低下することもある。GIGAZINE記事でも同様に、トラックと木や谷を混同するなどAIの誤認識が指摘されている。
- サプライチェーンリスク – Anthropicとの安全規制を巡る紛争の結果、国防長官が同社をサプライチェーンリスクと認定し、六か月以内に排除を命じたが、ClaudeはMSSのモデル管理やコード生成に使われており、代替への移行には月単位の認証作業が必要とされている。軍関係者はClaudeを高く評価しており、移行を遅らせる動きもある。
- ベンダー依存と契約集中 – Military.comはMSSが単一企業に依存している点や、長期契約によるベンダーロックインの懸念を指摘している。
- データ汚染と敵対的攻撃 – GIGAZINE記事は、敵国が訓練データに誤情報を混入させたり、ソフトウェアのアップデートをハッキングすることでAIを無力化する可能性を指摘し、特に機械学習技術で優位に立つ中国への警戒を述べている。
- 人間の責任の維持 – 米軍はAIシステムの監視に人間が介在し、武力行使に関する最終決定権を人間が持つ方針を繰り返し示している。NGA長官フランク・ウィットワースは「敵を爆破したり射殺したりするかどうかを機械に判断させる計画はない」と述べ、システムの判断はあくまで人間の意思決定を支援するものだと強調した。元CENTCOM情報部長カレン・ギブソン中将も「最終的な責任は指揮官にあり、機械やソフトウェア開発者ではない」と述べている。
将来の展望
MSSは現在20,000人以上のユーザーを持ち、CJADC2実現に向けた中心的プラットフォームとして拡大している。2026年末には日米共同演習「ヤマ・サクラ」にも投入される予定で、実戦と同等規模での評価が行われる。今後は次のような進展が予想される。
- 高次の生成AI統合 – AIP Assistや外部LLMとの連携により、戦略計画の自動化や複数の行動案のシミュレーションが可能となり、分析官や指揮官が自然言語で指示・検証できるようになる。
- 全域物流と災害対応 – LogXなどのツールを活用したグローバル供給網監視や災害支援への応用が拡大し、軍事と民間の垣根を越えた統合運用が進む。
- 倫理・規制枠組みの整備 – 自動化バイアスや誤爆のリスクを低減するため、データ品質管理・ヒューマンインザループの強化が求められる。米議会ではAIを用いた攻撃の責任所在を明確にするための法整備が進む可能性がある。
結論
Maven Smart Systemは、AIが戦争や危機対応を根本的に変えることを示す代表的な事例である。大量のセンサーデータを統合し、AIによって目標やサプライチェーンを可視化することで、米軍は kill chain(標的発見から攻撃までの一連の流れ)を従来の数時間から数秒に短縮した。同時に、イラン学校誤爆事件に見られるように、AIへの過度な依存やデータ更新の遅れが悲惨な結果を招くリスクも浮き彫りになった。MSSは今後も軍事演習や災害対応で活用が広がる一方、倫理的・法的課題の解決と人間の関与強化が不可欠である。





