これまでの日本の教育選抜的過程で重視されてきた学習内容、学習材料、能力のいずれもが深いレベルで刷新されるべきときが来ていることがわかる。
教育の手からすると、これまでは暗記した項目を増やすことが人より秀でるカギであり、そのために新しい概念や対象を引っかかりなく吸収する力、いわば「覚える力」が大切であった。教える側、そしてその人間を受け入れる社会を主語に取ると、意識するしかないとにかかわらず、この「覚える力」を圧倒的に重視してきたということだが、その時代は終わる。
今まで生み出そうとしてきた能力の大半は、本来キカイの方が得意な能力だ。

 

本当の意味で肉化された知識、知恵がなければその人なりの価値の創出が難しい時代に突入することを考えれば、肌感覚で価値を理解でき、操作できる領域を増やすこと、それを実現する力が極めて大切になることは自明だ。

計算機のように隙間なく微細な文言や差を覚えるよりも、このように生なましい質感を感じられる領域、大局的に理解できる領域、自分なりの言葉や表現にすることが出来る領域を増やすことがが大切だということだ。したがってスポンジのように吸収するよりも、むしろ対象とのぶつかり合いを通じて、自分なりに肉化する力や気づく力が遥かに大切になる。

「気づき」と「新しい知識」は本質的に異なる。

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