幼い時期の逆境と発達に関する最新の研究の多くが、根本的な矛盾を抱えている。
貧困にともなう問題が分子レベルで理解されるのはよいことかもしれないが、それは解決には直結しない。

近年の研究を見ると、逆境の中で育つ子供たちの人生の全貌を把握するには、神経科学の博士号が必要なのではないかと思えてくる。
しかしその複雑な科学がーたとえば、アドレナリンの分泌腺がグルココルチコイドを放出するメカニズムを正確に知ることがー困難な状況にある子供たちをどう手助けすればいいか教えてくれるわけではない。

もしかしたら、神経系の乱れに直接働きかける神経化学的な治療法がいつかは見つかるかもしれない。
注射や薬のような方法で、子ども時代の逆境の影響を正す、もしくは埋め合わせるための道具は、ひどく扱いにくいものが一つあるだけだ。

それは、子供たちが日々くらしている環境である。

「環境」という言葉を聞くと、たいてい最初に思い浮かべるのは子供まわりの物理的な環境だ。
確かに物理的な環境も、とくに文字どおり有毒な場合にはーたとえば飲み水に鉛が入っていたり、吸い込む空気に一酸化炭素が含まれていたりー子供たちの発達に一定の影響を及ぼす。

しかし、最新の重要な発見によれば、いちばんの問題になる環境要因は、居住する建物ではなく、子供たちが経験する人間関係なのだ。

 

つまり、周りの大人が、とくに子供たちがストレスを受けているときにどう対処するかである。
子供が感情的、精神的、認知面で発達するための最初にしてきわめて重要な環境は、家である。

もっとはっきりいえば、家族だ。
ごく幼いころから、子供は親の反応によって世界を理解しようとする。

ハーバード大学の児童発達研究センターの研究者たちは、この相互関係に「サーブとリターン」という名前をつけた。
用事が音をたてる、あるいは何かを見る(これが「サーブ」)と、親は子供の関心を共有し、片言のおしゃべりや泣き声に対し、しぐさや表情で反応することでサーブを打ち返す(これが「リターン」)。

「そうね、わんわんね!」「扇風機が見えたの?」「あらあら、悲しいの?」こうした親と乳児とのあいだのあたりまえのやりとりは、親にしてみれば無意味な繰り返しに感じられるかもしれないが、乳幼児にとっては世界のありようを知るための貴重な情報をたっぷり含むものだ。

これはほかのどんな経験よりも発達の引き金となり、脳内における感情、認識、言葉、記憶を制御する領域同士の結合を強固なものにする。

 

子供のごく幼い時期に親が果たす第二の決定的な役割は、子供たちが受ける圧力ーよいものも悪いものも含めてーの外部調整装置となることだ。

研究によれば、とくに子供が動揺しているときに、親が厳しい反応を示したり予測のつかない行動を取ったりすると、のちのち子供は強い感情をうまく処理することや、緊張度の高い状況に効果的に対応することができなくなる。

反対に、子供が瞬間的なストレスに対処するのを助け、怯えたり癇癪を起したりしたあとにおちつきを取り戻すのを手つだうことのできる親は、その後の子供のストレス対処能力に大いにプラスの影響を与える。

当然ながら、乳幼児期には泣きわめいたり感情を爆発させたりすることも多いものだが、子供はそのつど何かを学ぶ
(親にしたらその瞬間には信じられないことかもしれないが)。

 

世話をする人が子供のもつれた感情の鋭敏、注意深く反応するなら、子供はひどく不快な感情にも自分でうまく対処できるようになる。
これは知力を要する学習ではないが、子供の心に深く刻まれ、次にストレスに満ちた状況になったとき、あるいは先々さまざまな危機に直面したときに、真価を発揮する。

 

ここ10年ほどの研究で、親のケアが遺伝子発現に関わる部分でも子供の発達に影響を与える証拠を発見した。

 

親の小さな配慮が、非常に深いところからーきわめて重要な遺伝情報に関わる部分まで掘り下げるようにしてー子供の発達を助けるのだ

 

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