https://www.mdpi.com/1996-1944/8/4/1428

以下の論文は、BK7 ガラスとフューズドシリカ (fused silica) ガラスに対して、単結晶ダイヤモンド工具を用いたナノメートルスケールのプランジカット実験を行い、切削時における延性域と脆性域の切り替わり(延性‐脆性転移)を調べた研究です。主要なポイントは以下のとおりです。

BK7 ガラスにおける延性‐脆性転移と CUCT (Critical Undeformed Chip Thickness)

実験では、BK7 が延性切削、延性‐脆性転移、脆性切削の3段階に移行することを確認。
BK7 では未変形切りくず厚さ(undeformed chip thickness)320 nm 前後から脆性き裂が見られ始め、この値を “延性‐脆性転移点” と定義。
一方、実験条件下では未変形切りくず厚さが約50 nm 以下では明確な塑性変形による “サイズ効果” が顕著となり、切削比エネルギーが急上昇する。よって BK7 を高品位に加工するには、50 nm ~ 320 nm の範囲内で切りくず厚さを制御することが望ましい。
フューズドシリカにおける切削特性

フューズドシリカは硬度が高く、破壊靭性が BK7 よりも低いため、実験条件下では初期段階から脆性き裂が多数発生し、いわゆる延性域は観察されなかった。
その結果、切削面には大きな欠けや破片が生じやすく、切削力も大きく変動。高精度な表面生成が難しいことが示された。
切削力と表面粗さの傾向

BK7 は延性‐脆性転移を境に、切削面粗さ (Ra) が顕著に変化した。延性切削域では 20 nm 以下、転移域でも 20~30 nm 程度に保たれたが、脆性切削域に入ると表面粗さが急激に増大する。
フューズドシリカでは試験範囲全般にわたって脆性破壊が優勢であり、切削面の粗さが 300~800 nm 程度と大きくなる。
切削力は BK7 では比較的なめらかに増加していくが、フューズドシリカではき裂発生により大きく変動し、大きな力が観測された。
以上から、BK7 は適切な未変形切りくず厚さの範囲で延性切削が可能となり、高品位・高精度な表面を得られるが、一方でフューズドシリカは同じ条件下では常に脆性破壊が卓越し、高品質な切削は難しいことが示唆されます。論文では、これらの知見をもとに、ガラス系材料の超精密加工における臨界厚さの推定や工具選択、切削条件の最適化などについて議論しています。

試験条件を教えてください

論文に記載された主な試験条件(実験条件)は以下のとおりです。

使用装置・工作機械

5軸超高精度CNCマシニングセンタ (Ultra Nano 100, ソディック社製)
位置決め分解能:最小ステップ約0.07 nm
工具

単結晶ダイヤモンド (SCD) 工具
先端(ノーズ)半径:50 µm
切れ刃半径:20 nm
すくい角:0°
逃げ角:7°
工具の(110)面をすくい面として使用
工具のすくい面粗さ:9 nm
被加工材

BK7 ガラス、およびフューズドシリカ
試験片サイズ:10 mm × 10 mm × 5 mm
加工前に機械研磨を行い、表面粗さ Ra < 0.8 nm 程度
加工方法 (プランジカット試験)

試験片を真空吸着テーブル上に設置し、一部をわずかに傾斜させることで、切り込み深さが連続的に変わるように設定
最大切り込み深さ:
BK7:2,500 nm
フューズドシリカ:4,750 nm
切削速度:300 mm/min
工具送り(プランジ)方向に対し、ナノメートルオーダーから数マイクロメートルオーダーまで段階的に未変形切りくず厚さを変化させながら切削を実施
計測・評価

切削力:動力計 (Kistler 9256C1) により計測
切削後の表面観察:光学プロフィロメータ (Zygo New View 5032) を用い 3次元形状や表面粗さを測定
SEM (JSM-5600LV) による切削面の断面観察、き裂や損傷形態の観察
得られたデータをもとに、未変形切りくず厚さの増加に伴う延性‐脆性転移点の特定や、切削力・切削比エネルギー・表面粗さの変化を詳細に解析
以上が本論文に記載されている主な実験条件です。BK7 とフューズドシリカ双方について、同一の加工速度とダイヤモンド工具条件のもとでプランジカット試験を行い、切削過程における延性‐脆性転移現象や表面生成メカニズムを比較・検討しています。

サイズ効果、切削比エネルギーとはなんですか?

以下では、論文内で述べられている「サイズ効果」と「切削比エネルギー (specific cutting energy)」について、それぞれ概要を説明します。

## 1. サイズ効果 (size effect)
**サイズ効果**とは、切削時の“未変形切りくず厚さ (undeformed chip thickness)”が極めて小さい領域に入ると、刃先近傍での塑性変形や摩擦などの影響が相対的に大きくなり、従来のマクロスケールでの切削理論や経験則とは異なる現象が顕著に表れることを指します。具体的には、未変形切りくず厚さがナノメートルやサブミクロンオーダーになると、

1. **工具先端の丸み(刃先半径)や工具表面粗さ**の影響が無視できなくなる。
2. 工具が実際には材料を“削っている”というより、“押し潰し(plowing)”や“滑り込み(sliding)”が支配的になる場合がある。
3. それによって、**切削抵抗(切削力)やエネルギー消費**が通常のスケールよりも大きくなる傾向**(比エネルギーの上昇)**が見られる。

論文中の BK7 ガラスでは、未変形切りくず厚さが約 50 nm 以下では急激に比エネルギーが上昇し、いわゆる「サイズ効果」が顕著になることが確認されています。

## 2. 切削比エネルギー (specific cutting energy)
**切削比エネルギー**(specific cutting energy) は、**ある単位体積の材料を除去するために必要となるエネルギー**を示す指標です。機械加工の分野では、以下のように定義されることが多いです:

\[
E = \frac{F_c}{A}
\]

– \(F_c\):主に“送り方向”または“切込み方向”に作用する切削力
– \(A\):切り込み断面積(加工で除去される断面の面積)

具体的には、本研究ではプランジカットした溝の断面積を求め、その断面積あたりに対応する切削力(またはエネルギー)を算出することで「単位体積除去あたりに必要なエネルギー」が評価されています。

この比エネルギーが高いほど、“同じ体積の材料を除去するのに多くの力やエネルギーを必要としている”ことを意味し、結果として、
– 工具の摩耗が進みやすい
– 加工効率が低い
– 工具とワークの界面で大きな塑性変形(あるいは摩擦、発熱)を伴っている
といった状況を示唆します。

なお、サイズ効果が大きくなる領域(未変形切りくず厚さが小さい領域)では、プランジカット実験でも比エネルギーが極端に高くなる傾向があるため、「延性切削で高品質を得るにしても、ある程度のチップ厚さが必要である」という設計指針を与えてくれます。

### まとめ
– **サイズ効果**:未変形切りくず厚さが小さくなるほど、工具刃先の丸みなどの影響が相対的に大きくなるため、切削力やエネルギー消費が大きくなる現象。
– **切削比エネルギー**:単位体積の材料を除去するのに要するエネルギー量の指標で、機械加工の効率や切削メカニズムを把握する際に用いられる。

これら二つの概念は、特にナノメートルやサブミクロンオーダーの切削(超精密加工)において重要となり、切削時の延性域・脆性域の転移点や工具負荷などを評価・最適化する基礎的な指標として活用されます。